たかちゃんお茶の間シネマトーク

抱腹絶倒もの、大興奮もの、激涙もの、喝采もの・・・そして、完全に目テンなもの、と映画を愛するたかちゃんが鑑賞してきたいろいろシネマをご紹介。かならずしもオススメ作品とはかぎりませんのでご了承くださいませ〜。

10-01-30 「アバター」体験

新年第一回目のスタッフミーディングは、3D「アバター」&お気に入りの焼肉でスタート。

わたしたちで「アバター」を観に行ったらさぞうるさいだろうと思っていたのですが、意外や意外、とっても静かな鑑賞となりました(そもそも、騒いでいる人は一人もいなかった)。ポップコーンさえも忘れてジェームス・キャメロンワールドにずっぽり。

映画のあと焼肉しながら感想を話しあっていたら、「えっ!あれって、そういうことだったの〜?」「あそこがあっちにつながるのね〜!」と気づき満載(ひとりで観たら、いったいどんなストーリーになってたことか・・・)。

それもそのはず、Sちゃんは「視覚タイプ」なので場面の細部まで瞬時にシャッターを切るようにすばやく記憶し、しっかり解析。ストーリー展開をつかんでいるのです。また、Yちゃんの場合は常人を逸した型破りな解釈。たまに、「え?いったいどこ観てたの?」と摩訶不思議な場合もありますが・・・。一方、わたしは「感覚タイプ」なので、観たものを認識し理解し納得するまで、それなりの時間がかかるのです。こんなむちゃくちゃなスピード感、ストーリー解析不能に陥りました。とくに、異星人の顔なんて、みんな同じに見えるし・・・汗。

はじめは違和感のある3D。ある時点から自分が画面の中に入ってしまった感覚です。あのパンドラ星人のように、自分も超人なみの身体能力を持ったように感じるし、あの未体験のスピード感で動体視力が格段によくなりそう。

ホントによくなったか、SちゃんのiPhoneで動体視力のチェックをしてみました。あらら、結果は・・・最悪でした(もともと、動体視力がない・・・)。感覚タイプ人間のわたしは、今だ体験を身体に落とし込むのに時間がかかっているようです。

しかし、あの鼻ペチャでシッポが長〜い動物チックなパンドラ星人ですが、不思議なものでだんだんステキに見えてくるのがコワイ(美の基準なんて、そんなふうにコロリと変わってしまうものです)。しまいには、人間よりもパンドラ星人になりた〜いと思ったもの(笑)。しかし・・パンドラ星では、ゴハンやお茶の時間が登場しなかったので(?? いや、ホントはあるんだろうけど)、やっぱりわたしはスウィーツが楽しめる地球人がイイわ!ということで、わたしは「アバター鑑賞後ウツ」(米国では多いらしい)の心配はなさそうです。

今後は家庭のテレビで3Dが楽しめるようになるというし。だんだん自分がどこの空間、次元にいるのかわからなくなりそうです。が、それもまたいいかもしれません。ホントはとっても自由なのに、この身体にちんまり入ってなくちゃいけないという幻想から抜け出すよいチャンスになるかもしれませんね。

10-03-04 ♥があったかくなる「バレンタインデー」

日本でバレンタインデーというとチョコレート。そして女性から男性への愛の告白というイメージです。欧米では日頃の愛情をさらに表現する特別な一日。男性から奥さんや彼女にプレゼントをしたり、ディナーに連れだしたり、男女で愛情を確かめあうというハートがあたたかくなる一日なのです。

そんな一日のいろいろを描いたのが「バレンタインデー」。超ロマンチックムービーと思いきや・・・ところがどっこいです。まず、バレンタインの朝いちに彼女にプロポースする花屋のアシュトン・カッチャー。彼を中心に、その友人、スタッフ、お客、店を取材するリポーターなど15人の登場人物それぞれの愛の行方を描きます。みんな自分なりに愛する人への気持ちを胸に、この日をワクワクと迎えるのですが・・・。

朝プロポーズした花屋のアシュトンは昼にはあっさり彼女に逃げられ。店では二つのブーケを注文する客によって親友が二股をかけられていることに気づいてし
まい、もちろん親友にあわてて報告。ある人は片思いだったり、ある人は邪魔が入ったり・・・・ステキになるはずの一日はどんどん怪しい様相を呈し、絡まり
まくる人間関係。あら、大変!

「ああ、こんな話、どっかで耳にしたな〜」「こういう人、知ってるよ〜」と自身が目にした耳にしたことがある恋愛話が繰り出されます。

バレンタインの一日が終わる頃には寂しい男と女がため息ついて・・・。思ったようには運ばなかったけれど、でも結局は背伸びしないでいちばん自分らしい結末へと導かれてゆくところに胸をなでおりします(よかった♪)。

監督は、あの「プリティウーマン」のゲイリー・マーシャル。もちろんジュリア・ロバーツも登場。なんと、今回は軍人さん役。彼女が車でロスのロデオドライ
ブを通り過ぎるとき、「昔一回、ここで買い物をしたことがあるわ」とつぶやきます。そう、お金持ちのギアさまに手をひかれてお洋服を買いまくった「プリ
ティウーマン」のジュリア・ロバーツ。有名な一場面でした♪

涙壷度:★☆☆☆☆ (最後の最後、ジュリア・ロバーツが十数時間かけて、たった一晩だけ会いに行った相手に涙がボロリ。そうだったんだ・・・。)

10-04-23 「やさしい嘘と贈り物」

目覚ましで決まった時間に起床、毎朝おなじように身支度して、共同経営しているスーパーへ向かい、仕事をするというよりは同じ場所に坐って絵を描いて一日にをすごす・・・。そんな「かろうじて」生きているような毎日を送るおじいさんのロバート。

そんなロバートに、ひょんなことから彼女ができるのです。名前はメアリー。それはそれは積極的で、出会って二三日で二人の仲は急発展。ヨボヨボだったロバートの顔にみるみる生気が漲りはじめます。

それもそのはず、ロバートの記憶にはないけれど、この突然ふってわいた彼女はもともと彼の妻。おそらく彼はアルツハイマーか認知症かで、過去の記憶をなくしています。記憶をなくしても、やっぱり同じ人に恋をするのでしょうか?

そんな記憶をなくした老いらくの恋は素直で初々しくて、なんとも微笑ましい。そして、一瞬一瞬をいつくしむようにすごしてゆきます。

しかし、記憶のないロバートからすると、メアリーが他の男と話しているのを見て嫉妬にさいなまれたり(他の男は、じつは自分の弟)、メアリーがちょっと出かけているだけでパニックにおちいったり。

このロバート目線で語られる物語、みていて思いあたるフシがあります。まるで、過去(世)の記憶をなくしたわたしたちのよう。自分のかつての夫や妻だった人と、はじめて出会ったように恋をしてみたり(ロバートと同じように、「ずっと昔から知っているようだ」と感想をのべます)、そして完璧に安全な場所に包みこまれているにもかかわらず、全体をみわたすことができないので人生に起る小さなことで常にパニックになったり不安になったり。あはは・・・わたしたちって、みんなある種アルツタイマーであり認知症でこの世に送りこまれているのだな〜と笑ってしまいました。

メアリーがロバートをなだめるように、神様もわたしたちをみて、大丈夫!大丈夫!そんなにあわてたり心配しなくても。すべてはちゃんとうまくいっているから。わたしがちゃんとそばについているから。見守っているから。・・・と言いたくなることでしょう。それでも、わたしたしはあ〜だ!こ〜だ!と常に心配していて、おそろしくゆがんだ目線でものごとをみているのかもしれません。

こんなふうに全体を見渡すことができずに生まれてくるわたしたち。おそらく、こんな感じを楽しみたかったのですね。子供のころ、むずかしいゲームほど楽しかったように、やりがいを求めているのでしょう。

だったら、Take it easy! いっそ、肩の力をぬいて楽しみましょう♪

10-06-18 自分を痛めつける罠「マイ・ブラザー」

アフガニスタンから命からがらの生還をはたす海兵隊のトビー・マグアイア(あのスパイダーマンのこのやつれっぷり!すごい役づくりです)。愛する妻、ナタリー・ポートマンと娘のために守り抜いてきたこの命。なのに、戻った家庭ではまるで別人。心を閉ざし、孤立は深まるばかり。彼は捕虜となった極限状態で生きのびるために部下を撲殺。その抑圧された罪悪感から深い孤独の渕をさまよい続けます。

帰還した兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障害)は、ベトナム戦争から注目されるようになりました。今もアフガニスタンの帰還兵が廃人のようになってしまう例も、かなりの数にのぼるとか。

彼が苦しんでいるのは、生きるか死ぬかの状況にさらされたことよりも、同胞を裏切ったこと。誰に責められるよりも、結局、自分が自分を許せずに苦しみ続けるのです。このような稀な状況に限らず、セラピーの場面でも自分を許すことができないケースを多々目にします。それだけ、わたしたちは深い部分で自分の高い自己を記憶しているし、そこを目指しながら生きているのだと感じます。

自分が許せないことによって、自分の首に荒縄を巻きつけ締めあげます。決して幸せをよせつけない。ことごとく失敗する。他人を使って自分を傷つける。事故にあう。病気になる、はては命をおとす・・・など。まわりはとっくに許していても、最後まで自分を許せないのです。しかし、表面意識では自分で苦しみをつくっていることに気づきません。「なぜ、自分はこんなに失敗ばかりするのか?」「なぜ、自分の人生はこんなにも困難が多いのか?」と悩むわけです。

こんなとき、わたしたちの表面の姿がどうあろうと、今の自分に全面的にOKを出してくれる人が一人でもいると、正気を取り戻して前に進む力が与えられます。今がどうあろうと、真の姿を見続けてサポートしてくれる人。わたしたちは苦しいカラを脱ぎ捨てて、ほんとうの自分に立ち返る力をえられるのでしょう。

どんなセラピーの理論や理解でもなく、心の癒しに必要なのは、ただただ無条件に今の自分、過去の自分を全面的に受容してもらえる体験。つまるところは、魂を目覚めさせ軌道を修正してくれる近道は「無条件の理解」と「無条件の愛」なのですね。

問題にはまっている場合に限らず、どんな場面でもこの理解と愛をさし出せることが何にもまさる最大の贈り物だと感じます。
涙壷度:★★☆☆☆

10-07-24 歌も楽しめるベット・ミドラーのおすすめ二本

その昔、知り合いにたのまれて英語の詩を翻訳したことがありました。あまり何も考えずに、たんたんと作業をしたのを覚えています。

その後、「フォーエバー フレンズ」という映画を観ていたとき、ベット・ミドラーが歌うとっても素敵な曲がいっぺんで好きになりました。それは、はじめて耳にした曲。でも、強烈なデジャヴ体験。この歌詞知ってる・・・それも全部・・・なぜ?・・・よくよく考えてみたら、あの詩なのです。歌詞であり曲がついてることも知らずに、たんたんと訳した詩。

それは、「Wind beneath My Wings (私の翼をささえる風)」という曲。もちろん歌詞はとってもいいのですが、ベット・ミドラーの素晴らしい歌唱力で心に残る一曲になっています。

その一節に、
Did you ever know that you're my hero?
You're everything I wish I could be.
I could fly higher than an eagle,
for you are the wind beneath my wings.
Thank you, thank you,
thank God for you, the wind beneath my wings.

「あなたはわたしのヒーローだって知ってた?
あなたは、わたしがなりたいすべて。
わたしがタカより高く飛べるのは、
あなたがわたしの翼をささえる風だから。
ありがとう、ありがとう、
神さま、感謝します。わたしをささえるあなたという風に.。」

わたしは、友人や近しい人に感謝したいとき、この曲を贈ります。と、言ってもYouTubeからですが・・・(^^ゞ。

ベット・ミドラーがこの曲を歌っていた映画「フォーエバー フレンズ」、久しぶりに観てみました。育ちも感性もまったく違う異質な女の子二人の、山あり谷あり野原あり・・・の長い友情を描いた作品。ベット・ミドラーはとびきりの美人とはいえないけれど、とってもチャーミング。映画の中でシンガーを目指す女性も、彼女そのもののようなキャラクターです。

そして、彼女が従軍慰問の歌手として美しい歌声をたくさん披露している「フォー ザ ボーイズ」もおススメの一本です。さすがグラミー賞歌手、聴かせます!戦場を訪れながら歌手としてどんどん成功してゆく一方、夫も最愛の息子も戦争で失い深い心の傷を負う彼女。毒舌コメディとしっとりした演技、どちらも彼女ならではです。しかし、ベット・ミドラーが年をとったシーンでの、ハリウッド年寄りメイクがどれもフランケンシュタイン風なのには興ざめです・・・。ジェームス・カーンのちょい悪オヤジもかわいくっていい味だしています。

どちらも笑って泣いて、そして歌も楽しめる二本です。涙壷度:★★★☆☆

PS いつも、わたしをささえてくれている「風」さんたちに改めて感謝です。
ちなみに、オフィス・るんの「るん」とは「風」のこと。わたしも、みんなをささえる風でいたい!

10-09-03 いちばんのお気に入りは?

先日もブログに書いた「EATALY」で、友人とおそと夜ゴハン。テラスに陣取ったもののまだかなり暑くて「こりゃ失敗?」と思いましたが、だんだんと夜風が心地よくなってきました。

ゴハンしながら、話がふと映画のことになったとき「どの映画がいちばん好き?」と尋ねられました。わたしは一本にしぼれず数ある中から候補をあげたのですが、彼女のいちばんのお気に入りを耳にしてビックリ。

じつは、それがわたしの胸に秘めた(?)いちばんのお気に入りだったから。

でも、尋ねられると「あまり一般受けしないかな〜・・・」と憂慮しつつ、意図的に推薦枠からはずしてしまい、無難なところをおススメしていた自分に気がつきました。

でも、尋ねられると「あまり一般受けしないかな〜・・・」と憂慮しつつ、意図的に推薦枠からはずしてしまい、無難なところをおススメしていた自分に気がつ
きました。

あまり知る人がいない、調べてみたら二十年前の作品。「トーチソング・トリロジー」というゲイが主人公の物語です。アーノルドというとってもオバサンぽいゲイの男性が、幸せを求めつつ紆余曲折・葛藤・前進する姿を描いたもの。でも、このアーノルドがとってもチャーミングで魅力的。観ていて抱きしめたくなるような愛さずにはいられない存在なのです。

彼の恋人役を演じた当時のマシュー・ブロデリックがすごく可愛い!その後(今から数年前に)、「プロデューサーズ」というミュージカル映画に彼が出ているのを発見しましたが、かつての美少年も今やまん丸なおじちゃまになっていました。

ずっと昔からおつきあいのある友人とひょんな共通項を今さらながらに発見した夜でした。(また、DVD借りてきて観てみよう♪)

10-09-15 「小さな村の小さなダンサー」

ジミな中国映画かと期待薄で出かけましたが、とてもよかったです!

これは、リー・ツンシンという中国出身の世界的なバレエダンサーの自著をもとにした実話。彼は中国の貧しい農村の大家族に生まれ、ひょんなことから毛沢東の文化政策で北京の舞踊学校の英才教育へ。またまたひょんなことからアメリカへの研修生に選ばれ、さらにひょんなことから怪我をしたプリンシパルの代役として踊ったドンキホーテが大喝采。数週間のアメリカ滞在は彼の人生を根底からくつがえします。結局、あまりのカリスマ性が災い(?)して祖国を捨てるはめに。

彼は「ひょんなこと」だけで世界的に有名になったわけではありません。もともとはひ弱で泣いてばかりいる落ちこぼれ。アメリカのバレエ団が北京の舞踊学校に視察に来たときも「彼らはアスリートであって、ダンサーではない」と言い切られます。つまりスパルタ教育で技術はあるけれど、バレエ的情緒がない、ということなのです。それでも、彼はぐんぐん変わりはじめます。家族への愛、恩師への愛、恋人への愛、アメリカという新天地への愛、そして自分の可能性への愛によって。

結局、祖国を捨ててしまった彼は家族への切ない想いをこめて舞台に立つようになり、それが彼を単なるアスリートから真のダンサーへと花開かせることになります。

リー・ツンシンを演じられる役者さん選びに難航したそうな。そうですよね。カリスマ的なバレエを踊れなければなりません。それをみごとに演じているのが英国バーミンガム・ロイヤルバレエの現役プリンシパル、ツァオ・チー。彼の踊りはすばらしかったです。身体の軸がしっかりしているのでしょうか?どんな動きをしてもピタっときまる、ぶれない美しいシルエット。バーミンガム・ロイヤルバレエと言えば、デビット・ビントレーという最近日本でも活躍している芸術監督がいるバレエ団。ビントレーの振り付けでツァオ・チーの踊りが観たかったな〜。

バレエを観るときは女性のプリンシパルダンサーしか観てこなかったけれど、ツァオ・チーの踊りをみてすっかり魅せられてしまいました。

リー・ツンシン自身も予期していなかったであろう彼のUps and Downs たっぷりの半生(両親との決別、劇的な出世、大使館との亡命劇、波乱のロマンス)と、さらにバーミンガムバレエ団の美しきプリンシパル、ツァオ・チーのナンバーが堪能できる映画。おススメです。

涙壷度:★★★☆☆ (ハンカチ必携)

10-10-18 シャッターおりまくり・・・けど、よかった(?)二本

人に「この映画、いいよ!」とすすめられても、どうも身体が受けつけない場合があります。

たとえば、アカデミー外国語映画賞をとったアルゼンチンのサスペンス「瞳の奥の秘密」。只今静かな人気でロングラン中。まわりから「おもしろかった」という声を聞いて出かけてきました。

しか〜し・・・最初の10分と最後の15分しか記憶になし・・・(汗)。この手の映画は、そこだけ観ても「なるほど・・・こういうことだったのか」とオチを理解してしまえる省エネ映画(だからといって寝るな!笑)。

なんでそんなことになったのかというと・・・。まず、仕事のあとに行ったので集中力の在庫ギレ・・・。あと、満員のわりには映画館に冷房が入ってなくて空気がどよよ〜ん。暑苦しく意識混濁。あと、決定的な要因としては、早口にまくしたてるスペイン語。そのうえ、暗く、あかぬけない画面。そして、むさくるしめの登場人物。この三拍子がそろうと、頭がフリーズして勝手にシャッターがおりて閉店状態。

そういえば、他にもありました。「オーケストラ」という映画。これも「いい!」と言われて行ったのですが、やはり爆睡。同じパターンで最初と最後だけの鑑賞となりました、そのわりには最後、泣いてたのは誰?!(汗)

これも、超むさくるしいおじちゃんたちが次から次へと登場し、早口のロシア語でひっきりなしにまくしたてる系、でソク頭がフリーズ。深い眠りに・・・。しかし、おもしろいことにロシア語じゃない部分にはピキっと反応し、眠りにおちていながら「む、む・・・今、ドブリーデンって言ったよね?それってチェコ語じゃない?!」てな感じで・・・(チェコに行ったときに、苦労して覚えたの)。こんな検閲かけて何の役にたつのやら。

でも、この映画、最後はかんどーもので、「ああ、よかった〜」と涙(笑)。最後だけで、お腹いっぱい!

二本とも、けっこう評判もよくロングラン作品。でも、ムサおじちゃんとまくしたて系言語にはめっぽう弱く、ソク店じまいして眠りこけるわたしなのでした。しかし、二本ともパーフェクトに鑑賞したかのごとく話しのスジがわかってしまうところがおかしいです。ムサおじちゃんとまくしたて言語が no problem 方にはおすすめしますよ〜。

しかし、「My type でなければ、即、退陣!」という正直すぎる反応に、少々当惑ぎみのワタシがいるのでした。

10-12-04 トム・フォードワールド

「シングルマン」観てきました。

グッチ、サンローランを手がけた世界的デザイナー、トム・フォードの初監督作品。

もともと俳優を目指していた方で、そこにデザイナーとしてに審美眼が加わり、いやぁ、完全にトム・フォードの世界。

まず、画面の色。ウツ状態の主人公にあわせて、最初はとてもおさえた色調。彼はともに暮らしていた恋人の男性を亡くして以来、完璧に心のバランスを失っているのです。まるで、も抜けの殻のような彼。恋人との思い出の中にしか生きられない彼。そんな彼を象徴するように、色みをおさえたトーンが彼の心と直面する現実との距離感をまるで人ごとのように映し出します。

この物語は、彼のある一日を切り取ったもの。一日のなかで、彼の気分のup and down を画面の色調が微妙に映し出します。一日の終わりに向かって、だんだん画面に色みがついて生気がもどってくるのです。彼は自分の人生、今ここに戻ってくるのです。よいことです。ウツで、それも本当はこの日を最後に命を断とうと決めていた彼ですもの。

しかし、しかし、エンディングはひとひねりあり!おお・・・こうきましたか・・・(汗)。

画面の色だけなく、ひとコマひとコマが計算しつくされています。カット、アングル、色調、登場する建物、インテリア、何気ない小物にファッションと・・・・美しいです。しかし、大学教授の主人公にしては、ちょっとスタイリッシュすぎちゃったかも、とも思います。トム・フォードが撮ると、トイレに坐っている姿まで静かできれいな絵になってしまいます。

脚本もともにトム・フォード。セリフは少ないのですが、コリン・ファースが主人公の静かで深いいちずな愛を演じています。

11-01-18 母娘の葛藤 「愛する人」

わたしたちの人生は、幼少の頃の両親との関係を色濃く反映し続けます。とくに、命をはぐくんでくれた母親との関係。セラピーセッションの中でも、母親との問題は定番中の定番。たいてい心や身体の問題の根っこは母との関係に帰着するといってもいいほどです。

この「愛する人」という映画は、そんな母と娘の心の葛藤を通して、人を愛すること、自分を愛すること、そして愛を受け入れること、がテーマになっています。

愛するがゆえに娘をコントロールしようとする母、それに抵抗し怒りから心を閉ざしてゆく娘。これぞ、日々のセッションのおきまりのパターン! また、自分を養子に出した母への恨みから女性全体を嫌悪し、満たされない愛情をどうにかしようと手当たりしだい男性を誘惑しようとする女性(これ、ぜったい満たされません)・・・これもよくあるパターンです。

しかし、人生の途上では、かならず傷をいやすチャンス、助けが用意されていることも事実です。

この物語は三つのストーリーが同時に進行してゆきます。14歳で妊娠し娘を手放した母の苦しみ、母に見捨てられた傷から愛を信じない娘、そして子どもができずに養子をとることに必死なカップル。この三つはおそらくこうつながるだろうと予測していたのですが、以外な展開に・・・。

監督さんは、なんとガルシア・マルケス(ノーベル賞作家)の息子さんロドリゴ・ガルシア。アネット・ベニング演じる罪悪感いっぱいのギスギスとげとげの母親が愛の中で再生してゆく様子が美しいです。この映画を観ることで、「母からの愛」を改めて気づかされたわたしでした(涙)。

涙壷度:★★★☆☆(静かに涙)

11-02-05 北欧の静かな映画 「ヤコブへの手紙」

この映画、日本で撮ったらいったい誰がレイラの役ができるだろう?と考えてしまいました。

フィンランドの片田舎を舞台にしたジミな映画です。登場人物がたったの三人しかいません。主役は恩赦で出所してきたばかりのレイラ。えらくふてぶてしく攻撃的でふてくされた中年女性。太ってむくんだ容姿から、彼女の抑圧した心の痛みがにじみ出ています(スゴイね、この役者さん)。

あとは、レイラが身をよせることになった牧師館の主、盲目の老牧師ヤコブ。そして、この老牧師の生きがいである「身の上相談」の手紙を配達してくる郵便配達人。

レイラは牧師館においてもらえることに感謝するどころか、恩赦を申し出たであろう牧師を恨んでいるのです。もちろん、老牧師の手伝いである手紙の返事の代筆もいやいやながらで、老牧師の邪魔さえします。

郵便配達人もレイラをこわがり、牧師への手紙の配達がぱったりやみはじめ・・・生きるよりどころの手紙が届かぬことで、牧師は急速に憔悴してゆきます。

恩赦なんてくそくらえ!で生きているのが苦痛なレイラと、届かぬ手紙によって自分の存在価値を見失ってゆく老牧師・・・・さて、どうなるこの二人?

交わることのないであろう二人が、最後はおもわぬ形でお互いがお互いへのかけがえのない贈りものとなります・涙。

PS 人を支えてきたと思っていた老牧師が、自分こそが手紙によって癒され生かされ続けてきたと気づくシーン・・・身に覚えがあります。

涙壷:★★☆☆☆(最後にしんみり・・・涙)

11-03-29 カズオ・イシグロの世界 「わたしを離さないで」

日本国民総ストレス障害・・・とさきほどTVのコメンテーターが話していました。ホントです。あの震災の映像を繰り返し見ているだけでも、心にはかなりの負担です。

そして、今のご時勢、おいしいものを食べたり、楽しいことをするのも気がひけてしまうところがあります。住むところがない、ゴハンさえない人がいっぱいいるのに・・・と。

でも、日本国民全体があらゆることを自粛していると、こんどは経済がたちゆかなくなります。だから、今こそどんどん稼いで、どんどん使って、経済を元気にして、そしてじゃんじゃん義援金を送って、復興に手をかすこと。ですよね!

そんなわけで、二週間ぶりに仕事以外のおでかけ。カズオ・イシグロ原作の映画「わたしを離さないで」を観てきました。う・・・ん、ちょっと今のご時勢にはストーリーがヘビーでした。

でもカズオ・イシグロなので、早く観たかったのです。

昔、貴族とそこに仕える執事を描いた「日の名残り」という映画がありました。執事役のアンソニー・ホプキンスが素晴らしくって大好きな映画です(レクター博士とは思えないひかえめな紳士ぶり!)。上映後エンドロールをぼ〜っと観ていたとき、原作者の名前が日本人「カズオ・イシグロ」であることに気がつきました。

びっくりしました。こんなこてこての英国の貴族社会を描いた作家が日本人?!と。そのあと知ったのは、カズオ・イシグロは長崎に生まれて両親とともに英国に移り住んだということ。彼の短編はいくつか読んだことがあるのですが、アメリカ、ハンガリー、日本などさまざまな国を舞台にした独特な感性の作品です。

そしてこの「わたしを離さないで」は彼がかつて受賞した英国のブッカー賞の候補に再び選ばれた話題作。

イギリスの厳格な寄宿学校。ここで暮らしているのは裕福な家庭のこどもたち・・・ではなくて、ある目的のために秘密裏に管理されているこどもたち。かれらは、ある年齢に達したらドナーとなって生を終えることを運命づけられているのです。しかし、ほんとうに愛し合っているものたちにはしばらくの猶予があたえられると・・・。運命を受け入れながら生きるひとりの男の子と、彼に恋するふたりの女の子。

ショッキングな内容ですが、おさえめな映像のトーンがどこか遠いところのことに感じさせることと、この三人の役柄がたんたんと演じられているところがまだ救いでしたよ。

震災のあとでもあります。今のところは、アンソニー・ホプキンスがステキな「日の名残り」のDVDからおすすめというところでしょうか・・・。

11-04-17 ソフィア・コッポラと英国王

「SOMEWHERE」を観てきました。ソフィア・コッポラ(フランシス・コッポラの娘さん)の作品、好き!観たい!と思う監督のひとりです。第一作の「ヴァージン・スーサイズ」からのファン。

好きなものに対して「なんで好きなの?」と聞かれてもとても困る・・・。なぜならヒトとかモノを好きになるって、これっていう一部ではなくって全体のバランス、雰囲気が好きなのですよね。ひとことでいえば、ソフィア・コッポラの作る映画の「空気感」「透明感」が好きなのです。

すべてを言葉でわかりやすく説明するわけではなく、音とか、ロングショットから伝わってくる感情(そう、彼女の映画は「このショット、ちょっと長すぎるんじゃない?」と思うことがあるのです)、それがその場の空気や感情をよく語っているのですよね。

う〜ん、好きなものを語るのがムズカシイ!

そしてもう一本、今年のアカデミー賞受賞作の「英国王のスピーチ」、やっと観てきました。吃音症であるジョージ6世役のコリン・ファースは変幻自在な役者さんですな〜。

スピーチセラピストに「あなたはまだ5歳の少年を生きている!」というようなことを言われるシーンがあるのですが、劣等感を乗りこえて無事にスピーチをやりおおせたジョージ6世は、怯えきって短気な少年から、自分をあるがままに受け入れた大人の背中にしっかりと変わっていましたよ。パチパチ!

仕事柄、このスピーチセラピストのアプローチの仕方にも興味津々でありました。メソッドというよりは、ほんとうにクライアントと同じ目線に立って寄り添う態度、セラピーの基本中の基本なのでありました。

わたしたちは全面的に受けとめてくれる人がいることで強くなれるのですよね!

11-05-09 ドキドキする「太陽がいっぱい」

そういえば・・・若い頃のアラン・ドロンの映画って一本も観たことないな〜。アラン・ドロン世代ではないけれど、友人のなかには大ファンの子もいましたっけ。今さらですが、「いったい何がよかったの?」とばかりに、リバイバル中の「太陽がいっぱい」を観に行ってきました。

大富豪からイタリアで豪遊するドラ息子を連れ戻す、というお役目をおおせつかるトム(アラン・ドロン)。その放蕩息子と行動をともにするうちに、彼と自分とを同一化しはじめます。だんだん、だんだん、富豪っぽい横柄で大胆不敵なキャラを身につけてゆきます(別に大富豪さんがみんな、そのようなキャラではありませぬが・・・)。そうするうちに、ドラ息子を首尾よく片づけ、自分が彼になりかわってしまえばいいじゃないか...と、かなり短絡的なひらめきがやってきます。そして財産だけでなく、彼の恋人までもを自分のものにしようとたくらむわけです。

何年か前に「リプリー」というハリウッド版リメイク作品がありましたっけ。富豪がジュード・ロウ(ちょい気品があり、自信たっぷりで鼻持ちならない感じがはまり役)。そしてお目付け役トムはマット・ディモン。彼の場合は、アラン・ドロンのような獲物をねらうヒョウのギラギラ感はなかったな〜。ノラクラしているうちになりかわったような。でも、観ていてドキドキした(ときめいた!という意味ではなく、スリリングの意味)のは「リプリー」の方。

最後のオチはちょっと違っているような・・・(「リプリー」のオチは忘れた・・・)。いずれにしても、ウソがばれてトムはただのトムに逆戻り。

「リプリー」にしろ「太陽がいっぱい」にしろ、ここまでひやひやの労力払ってちまちま小細工して他人になりかわり・・・いったい楽しいの?と思ってしまうのでした。う〜ん、甲斐性なしには完全にムリ。

涙壷度;ゼロ(泣く場面などありませぬ)

観ていてアラン・ドロンと富豪の息子の区別がつかなくなり(て、ことは同一化には成功しているのでしょうが)・・・アラン・ドロンのオーラはいまいち理解できなかったわたしなのでした。

11-06-05 病んでゆくナタリー「ブラック・スワン」

アスリートの中でもとりわけ肉体に特徴があらわれるのが、バレエのダンサー。

あの天井からピンと吊られたような頭や独特のかたちのふくらはぎ。街中でも、「あ、あのひと、バレエやっているに違いない」と、その姿勢やら独特の足の運びでわかってしまうことがあります。

さて、女優さんがチュチュを着てポーズをとればそれなりに決まるかもしれませんが、プリンシパル役で踊りをみせるとなるとどうなのでしょう?

この「ブラック・スワン」のバレリーナ役、ナタリー・ポートマンを見たとき、わあ、いつもの彼女と違う!バレエやってる女の子のたたずまい、と思いましたよ。ムダな贅肉はかけらもなく、筋肉、それもバレエダンサーの筋肉。

彼女はこの役のために一年前からトレーニングをはじめて、毎日バレエの基礎レッスンと水泳に8時間・・・という肉体改造。このストイックさは、まさに舞台に向かうときのプロダンサー。これだけでも、プロダンサーの気持ちになれそうです。

技術はありながらも母親の過干渉から自信を持つことができないダンサー(ナタリー)が、「白鳥の湖」の主役に抜擢されるのです。が、バレエ一筋で育った彼女に純真な「白鳥」は踊れても、もう一役の妖艶な「黒鳥」が踊れないのです。

初日が迫る激しい稽古の日々に、そんなプレッシャーからどんどん心を病んでゆきます。とりわけ母との関係。その昔、群舞の白鳥しか踊ることができなかった母親からの嫉妬、また役づくりをする中で過保護な母親から離れてゆくことに対する圧力というように、つくられてきた自分から脱しようとする娘とそれに抵抗する母との戦いでもあるのです。

観てるほうもどこまでが彼女の現実で、どこまでが彼女の強迫観念の妄想なのかわからなくなります。手持ちのカメラで撮っているような映像は彼女の目線からものごとを見ているようで、ストレスや緊張、パニック状態が伝わってきます(このあたりになると、ほとんどホラーか?!)。

制作発表のときに監督が「ほとんどナタリーが自分で踊っている」とコメントしましたが、あとで替え玉のダンサーからクレームが出ててしまいましたね。たしかに、舞台初日のクライマックスである黒鳥の踊りは、メイクがばっちりすぎて素顔がわかりません。まあ、このような山場の踊りはやっぱりプロのほうが迫真の演技でしょう。

最後にぎょぎょっ!とするオチもあり・・・。

わたしはあのレベルの肉体改造と、ナタリーが純真なバレエ少女からみるみる病んでゆく様子まで、やっぱりアカデミー賞ものだと感じましたよ。(突然、ウィノナ・ライダーがいて、びっくりしました。)

涙壷度:☆ゼロ(涙なし、唖然とするばかり・・・)

彼女の強迫観念を疑似体験し、ちょっと疲労しました・・・(汗)。

11-06-29 127時間、穴にはまったら?!

誰に誘われても絶対行くものか!と決めていたのに・・・あっけなく初志撤回(泣)。(そもそも、「絶対」なんて言葉を使っていることじたいが、自信のなさの現れであって・・・。ふつ〜に「決めてる」人は、絶対という言葉は絶対(←オイオイ!)使わないものです。)

何のことか・・・、「127時間」というアカデミー賞にもノミネートされていた映画です。

血気盛んで無鉄砲な男性アーロンがいつものように冒険に出るのですが、広大な自然の中で岩の裂け目に落ちて、そのうえ岩壁と落石の間に腕をはさまれてしまうのです。そこはアメリカ。自然といったらそのスケールは壮大。日本の比ではありません。携帯も通じず、人っこひとり現れず、そのうえ奔放な性格ゆえに彼は行き先を誰にも告げていないのでした。うんうん、いるよね〜、こういうスーパーヒーロー気取りのちょっとコワレ気味のオトコノコ。

じつは、これ実話をもとにしています。このシチュエーションを考えてみてください。誰だって最後の結末はおおよそ見当がつきますよね。この実話を知っている友人に確かめてみたら、案の定、思ったとおりの顛末。だったら、そんなの絶対観ないよ〜。わざわざ苦しくって痛い映画なんて。

しかし、しかし、監督があの「スラムドッグ$ミリオネア」のダニー・ボイル。この作品はオスカーを穫りましたが、息もつかせぬテンポの良さと独特の躍動感、そしてコマ割りやカメラのアングルのおもしろさ。その監督が127時間も、たった一人で、それも動けない男をどのように魅せているのか・・・そこに興味をそそられたのですね(ずっと顔だけ撮られたら最悪だけど・・・。したら、ソク寝ます!)。

結論から言うと、おもしろかったです。あっというまの上映時間。穴にはまっていただけなのに、なんなの?この躍動感、このメリハリ。そして、彼は何ものも怖れない性格がゆえに穴にはまり、何ものも怖れない性格がゆえに穴から生還するのです。

穴にはまって人生を回顧しながらその尊さを知る、そんな疑似体験をお求めの方、または主人公とともに人生をリセットしたい方、あるいはダニー・ボイルの映像のおもしろさを堪能したい方、是非見て下さい。

でも、わたしのように苦しいの痛いのイヤな方は、是非そこは音声のみで楽しみ(?)ましょう(結構、叫んで、うめいていますが、動物の鳴き声だと思い軽く聞き流してしまいましょう・汗)。

涙壷度:★☆☆☆☆(やっぱり最後はちょっとホロリ)
ジェームズ・フランコの情けない表情がなんともいえません・・・。

11-08-23 TSUTAYAさん「オススメ良品」から

最近、DVDにしろ劇場ものにしろ、新作に興味をひかれず旧作を観る機会が多いです。

TSUTAYAさんの「オススメ良品」の棚から無作為に選んだ一枚をご紹介。

「おもしろくなかったら返金してくれる」というので、何の情報も先入観もなしでさっそく観てみました。

まず、登場するお金持ちの女性。着ている水着が腰骨の上まで切れ上がった超ハイレグ。今見ると、これってかなりの赤面ものですね。1980年中頃ぐらいに流行ってたかな〜?そして次に、彼女のだんなさんが使っている携帯電話。なんともデカッ!!細長いお弁当箱みたいなものにバンドがついていて、手の平を差し込むようになっています。うんうん・・・これも、90年代よりも前ですよね。そして極めつけは、バックに流れる音楽。ひと頃流行ったAORっぽい響き? (Adult Oriented Rock というらしいジャンル。えっと、シカゴとかクリストファー・クロスとか・・・。完全にトシがばれるね!!汗)これも80年代の特徴的な音楽。

ストーリーは、かなり性悪のセレブの奥方にコキ使われ罵倒されたうえ賃金ももらえなかった大工の男性が、この女性が記憶喪失になったのをいいことに自分の妻だと偽り、ちゃっかり子供の面倒も見させ自分に仕えさせ・・・ま、復讐するわけです。しかしそうするうちに、女性の夫君が妻の所在をつきとめ救出してしまいます。そこでこの女性の記憶もすっかり戻るわけです。大工の男性の企みがバレて大変なことになると思いきや、じつは二人はとっくにラブラブになっていたので、悲しいことに引き裂かれてしまったわけです。極貧の生活から、もといたセレブな生活にもどってしまった愛する女性は自分のことなど忘れてしまったのか?しかし、ここから大工の男性と子供たちの大奪還劇、愛する女性を取り戻しに行くというストーリー。

あとで調べてみたら、これは1987年(おお、やっぱり!)、あのプリティ・ウーマンのゲイリー・マーシャルの初期の作品です。そして、記憶喪失の女性役はなんとケイト・ハドソンのお母さん、ゴールディ・ホーン。とってもキュートでメグ・ライアンを彷彿とさせます(いや、メグ・ライアンが彼女に似てる、が正しい)。大工さん役は、実生活でもパートナーであるカート・ラッセル。「潮風のいたずら」という作品でした〜!!

返金の必要まったくなし!おもしろかったです。ジェニファー・ロペスでリメイクされる(された?)そうですが、こちらはどんな感じなんでしょうね〜?そちらも観てみたいです。

11-08-24 今やストーカー・・・「卒業」

劇場で観た旧作シネマ、それは「卒業」。(六本木ヒルズで朝10:00から、古い名作といわれるものを次々上映しています。)

チャペルから花嫁を略奪するシーンはとても有名。みなさんもどこかで目にしたことがあるかもしれません。

簡単に言うと、セレブなおうちのエリートくんが大学を卒業し、さてこの先どっちを向いて生きるのか・・・敷かれた線路の上を突っ走ってきた彼にはあまり「意志」というものがない様子。そして自信もない。そこで、母親ほどのトシの女性にそそのかされ、なんせやることがないのでそちらに突き進んでしまいます。しかし、その女性の娘に会ってみたら、はじめて「意志」が目覚めちゃった。「このコのほうがいい!結婚したい!」と。突如娘にひるがえったエリートくんを見て、この年上の女性、もちろん黙っちゃいません。プライドがあります。事実を娘にバラし、恋路を邪魔するのです。結果、そのコは他の男性と結婚することになるのですが、彼はあきらめちゃいない。必死で結婚式さなかの教会に乗り込み略奪する・・・というお話し。

この青年役、若かりし日のダスティン・ホフマンが演じているのですが、ほとんど自分のないこ青年役に彼の「超なで肩」な体型がベストマッチ。演技というより、この体型だけでかなり醸し出すものアリ、です。

そして、いやがる彼女を彼女の通う大学にまではりこんでつきまとう始末。これって今でいうと熱愛なんてもんじゃなくって、たんなる激しく変質的なストーカー行為。あの「なで肩」体型にジャンパー姿でピッタリ彼女のあとについて足早につけ回す姿・・・ん?どっかで観たな〜このシーン、あ〜!これすでにレインマンだわ(自閉症役のダスティン・ホフマンが、ジャンパー姿で弟役トム・クルーズのあとにぴったりくっついて、小股にチョコチョコつけ歩くシーン。「卒業」から、すでに「レインマン」だった・・・汗)。

いくら好きだからって、この執拗でストーカー度100% の一方的な恋愛表現、観ててだんだん頭痛がしてきましたよ〜。こんなことされたら、誰だってぜったい引くでしょ〜。これ、1967年の映画。セレブなエリートくんが乗り回す当時はカッコよかったであろう赤いアルファ・ロメオも、いまや遊園地の遊具にしか見えません。モノにしろ、恋愛観にしろ、今と変わっているような変わっていないような微妙な年代なので、逆にギャップを大きく感じるのかもしれません。もっと極端に古いい作品のほうが頭が混乱しないかも。それに、年代的にはまだ共感できない、というのもあります。

なんか妙に疲れたぞ・・・・。ハッピーエンドなのに、なんかだかな〜・・・という感じです。職業上、彼のあの性格、もうちょっと自分と向き合ったほうがいいんじゃない?などと、将来を案じてしまいましたよ。

しかし、ダスティン・ホフマン、「ひどいなで肩」をのぞけば、昔はとっても美形だったのね。オトコのオバサンのイメージしかなかったから見直しました。・・・(「トッツィー」です)。

11-09-03 期待しなければ味わい深い「ツリー オブ ライフ」

ブラピの主演にもかかわらず、まったく食指の動かなかった「ツリー オブ ライフ」。だってウェブのレビューを見ても平気で星が一つか二つだし、なおかつ途中退場者もいるという作品。

そういうのに限って、「127時間」じゃありませんが誘われちゃう。いったん拒否したものの、「娯楽作品だと思って観なければ、あんがい深いかも」「仕事に役立つかもよ」とそそのかされ(?)行っちゃいました。

仕事のあとだなんて、あまりに形勢不利。すでに眠いし。そのうえお腹いっぱいサンドイッチも食べたし、デザートまでいただいちゃった。あとは寝るっきゃないね・・・という状況です。それにしても、ブラピ主演でこの観客の少なさ。年配の方がチラホラ、あとはお一人の方です。

はじまってしばらくすると、お隣の誰かさんは貧乏ゆすり・・・あらら、誘ったわりには飽きてる?その後は眠りに落ちていたみたいです。おもしろくないと即シャッターが降りちゃうこのわたしが最後までぜんぜん眠らずに観終わったってことは、つまらなくはなかったらしいです。少々哲学的な作品で、父がブラピ、息子がショーン・ペンという設定を押さえておけば、どこに話しが飛んでもついてゆくことができました。

ハイ、たしかに場面はくるくる時空を飛び回ります。あるときは火山の映像、そして宇宙、大自然、恐竜までも・・・これはサイエンスものかと思ってしまいましたよ。それにセリフはほとんどなく、問いかけのような静かな語り、そしてたまにあるセリフはつぶやきのよう。

旧約聖書のヨブ記(信仰の篤いヨブでさえ、神からの恩寵を受けるどころか次々と人生の困難にみまわれる)を、息子の一人を失ってしまうブラピ家族の感じる理不尽さに重ねあわせています。テーマについての感想は長くなるのでさておいて・・・。

このブラピ演じる1950年代のアメリカのお父さん、おそろしく厳格で支配的。いっけん幸せに見える家族の心をむしばんでゆきます。

セラピーをしていると、このタイプの父親、多いですね。自然に囲まれた美しいお家、何不自由ない暮らし、家族揃っての食事、寝る前にする父親へのキス・・・見たところ何の不自由もない幸せに満ちた家族に見えますが、すべては形だけ。この父親の自己満足。フタをあければすでに家族の心はボロボロで、父を殺したいほどの嫌悪感が渦巻いています。しかし、すべてに形がととのっていれば幸せに違いない、と父親はあくまでも形(成功すること)を整えることに執着し続けます。

この「成功がすべてである」という父親の無意識には、どれだけの自分に対する無価値感が充ち満ちていたことか。その抑圧し隠し続けて形だけの成功を求めようとした父の無価値感は、息子によってしっかりと表現されているのです。だから、その父から見たらなんともふがいなく見える息子たちに我慢がならず、ついついつらくあたってしまうのでした。

セラピーの中でも、自分でもてあましている自分への不満をこどもに向けかえて、こどもを過剰にコントロールすることによりバランスを失わせてしまう例はあとをたちませんよね。

ヨブ記をベースにしたテーマにもいろいろな感想を抱きましたが、この超支配的なお父さんのメンタリティーと傷ついた息子(特に長男)のトラウマを分析していてもいろいろと気づきがある映画でした。

決してつまらない映画ではありません。でも娯楽作品でもありません。いかにもカンヌのパルムドールな作品です。じっくりと味わいたいときにはよいかもしれないな〜と思いましたよ。

しかし・・・この子役たちのセリフのない演技、すごいでした。

12-01-12 年末年始の3本

ゲイリー・マーシャルのラブロマンス「ニューイヤーズ・イブ」が、タイトルのごとく年末の一本。

前作の「バレンタインデー
同様、さまざまな人たちの大晦日の様子が描かれています。今にも死にそうな高齢の男性、BFと年越しの Kiss をしたいティーンエイジャー、どうしても娘と過ごしたい心配性の母親、気まずく別れたのに突然再会してしまった男女、大晦日に仕事を辞めてしまったまるでイケてない中年の女性などなど8組のニューイヤーズ・イブ。

結局すべてのストーリーに共通するのは、わだかまりを手放して許すこと。そうだね〜。知らないうちにわたしたちはいろいろなこだわりやわだかまりを握りしめていて、じつはそれが原因でにっちもさっちも行かなくなっていたりします。

観終わって、えっ?あの死にそうな老人がロバート・デニーロ?あのイケてないオバさんがミッシェル・ファイファー?といろいろびっくりします。

そして、新年の一本めは「リアル・スティール」。ロボット VS ロボットの格闘技。現代版「鉄人28号」と正太郎少年という感じです。

人と人の格闘技は痛そうで見ていられませんが、ロボットなら話しは別(と、いってもけっこう痛そうだ・・・)。この超高性能ロボットの戦いは迫力です。大きな鉄の塊がぶつかり合う音だけでも、けっこうストレス解消になっちゃいます。おもしろかったです。予想外に結構泣かされました。

そして、あともう一本は「サラの鍵」。

去年公開された「黄色い星の子供たち」同様、1942年にパリで行われた「ユダヤ人一斉検挙」にまつわるストーリー。

その朝、ユダヤ人の小さなサラは幼い弟を水や食べ物と一緒にクロゼットの中に隠し鍵をかけるのです。そして両親とともに検挙され、収容所に送られるサラ。しかし、いつまでたってもクロゼットの中の弟が気にかかり、ついには鍵をにぎりしめて収容所から脱走・・・・。さて、このこの家族で生き残ったのはいったい誰なのでしょうか?

そして時代は今。一人のジャーナリストの女性がこの過去の一斉検挙について取材するうちにある事実をつきとめます。自分の住もうとしているアパートはサラが弟を隠したクロゼットのあるアパート。そこから彼女の人生は今までとは違った方向へと動きはじめます。彼女はアパートを返すべくサラを探し出そうとします ・・・ 。

たとえ見知らぬもの同士であっても、わたしたちは互いに大きな影響を受けあって人生を歩んでいるのですよね。時として、家族や近しい人よりも見ず知らずの人からの影響が人生を決定的に方向づけてしまったりします。

ホロコーストに関しては、ほんとうにたくさんの胸が痛くなるような愛の物語があります。そしてこんな劇的な時代が祖父母や父母の時代という手の届くところに存在していることに今さらながらショックを受けてしまうのでした。

12-02-03 そこまでやっちゃう?エル・ブリ

先日、「エル・ブリの秘密」という映画を観ました。

エル・ブリとは、世界でいちばん予約がとれないといわれた伝説のレストラン(残念ながらすでに閉店しています)。45席しかないにもかかわらず、年間200万件もの予約が殺到したとか。わあ〜、宝くじ並の難関。そのお店のかつての姿のドキュメンタリーです。

エル・ブリは一年の半分ほどしか営業しません。あとの半分は、その年のメニューを創作するための時間なのです。

それだけ時間があればのんびりやっているのかと思いきや、50名近い厨房スタッフが毎日コマネズミのごとくくるくると走り回り、常に緊迫した空気が漂います。まったく新しいものを創り出すって、それだけの真剣勝負なのですね。

そして厨房は研究室さながら。お料理を生み出しているというより、化学実験の様相。いかに使用している食材をくらますか、びっくりする形状、食感を生み出すか・・・。おいしさというよりは、驚きを追求しているようです。だから凍らせたり、すりつぶしたり、ジュレにしたり・・・食材は原型をとどめません。

日本の食材もけっこう使われていて、マツタケ、ユズ、ミカンなどはそのまま日本語でした。お料理も懐石にならってか、ほんの一口。ふだんナイフとフォークを使いなれた人たちが指でつまんで食べられるのです。また、レストランのお庭には熊手で砂紋を描いたり、かなり日本を意識している感じです。しかし、お料理は液体窒素で固めたり、オブラートでくるんだり・・・かなり不思議ちゃんな世界。

この映画を観たらさぞおいしいものが食べたくなるかと思いきや、ぜんぜんでした。なんせ観ていて想像できないのです、お味が。すご〜くアートしているけれど、そこまでやっちゃっておいしのか?

昨日、ちょうどNHKの番組で「食と化学の融合」をとりあげた番組をやっていました。いまや世界的においしさというものを科学的に解明して、新しい調理法を生み出そうというもの。また、化学技術を食に導入することも進んでいます。

この食材は何度で調理するといちばんおいしく感じるかなどを科学的に解析して、それをふまえて料理人が調理するというように、京都では研究室とお料理屋さんがコラボして「おいしさ」を追求しつつ和食文化を広めようとしています。

今のこどもたちはファストフードやコンビニ弁当でとりあえずお腹を満たして塾や習い事に通うような忙しい日常。でも、ていねいに作られたものを五感をふるに使って味わいながらいただくという体験は、食べたものがしっかりと全部栄養になってくれそうな感じで大切ですよね。

こんな映画や番組にふれると「へえ〜、料理人って思ったよりもクリエイティブでおもしそう!かっこいい!」と、料理人志望の若人が増えるかもしれませんね〜。

しかし、エル・ブリのあの不思議なお料理の数々、いったいどんなお味がしたんだろ〜?

「Lux の法則」

キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、ペネロペ・クルス、シャーリーズ・セロン。この三人の女優さんに共通する点は何でしょね?・・・Lux のコマーシャル?そうです、歴代の Luxさんたちです。でも、もうひとつあります。三人とも Lux 後、超ゴージャス、すこぶるフェミニン路線をいっきにぶち壊す作品で大ウケしていること。キャサリンさんは、あの「シカゴ」でドスのきいた図太い姉御、「アメリカン・スウィートハート」で恐ろしく根性悪のお姉さんを演じ、ペネロペさんも「ウェルカム.ヘヴン」で外見は女性のオッサン役を堂々のガニマタで演技してました。そして、シャーリーズさんにいたっては、「モンスター」見ました?すごいアバズレ度、五つ星ものです。グゥネス・パルトロウが超おデブな役をやったときは、真のおデブちゃんとどこかちがうぞという感がありましたが、この「モンスター」は見てて誰だったかわからなくなっちゃう。セミヌードのシーンなんて、あまりのでデブデブダブダブぶりに拍手しそうになってしまいました。次の Lux のキャラクターは誰かしらん?

「RENT」

Five hudred twenty-five thousand and six hundred munites. How do you masure, mesure a year・・・

リズミカルなピアノのイントロではじまる8人の迫力のコーラス「Seasons of Love」。
「515,600分という時間。あなたは一年を何で数えますか?夜明け、日暮れ、深夜のコーヒーカップ、思い出、笑い泣いた日々・・・・何で数えて一年を過ごしますか?」
冒頭からハート鷲づかみなブロードウェイ・ミュージカルムービーです。

さすが舞台初演と同じオリジナルキャストがはっているので、歌のパワーたるやすごいものがあります。そして、さまざまな登場人物のシチュエーションから、おのずと観ているそれぞれが自分の一年の数え方をふりかえって、おもわずしんみり。

脚本・作詞・作曲を手がけたJ・ラーソンが公演の前日に亡くなるという大アクシデントつきのミュージカルですが、まさに「生」の輝きをとじこめたメッセージ的な作品です。ちなみに、わたしの一年の数え方。それは、大好きな人と分ち合ったスウィーツの数でしょうか?

涙壷度:★★★★☆ (冒頭のテーマだけでも、がっつり泣けます)

「SAYURI」

とってもシリアスな映画なのに、場面場面で客席にひそひそ声やらクスクス笑いが起こるのです。いろいろ噂は聞いておりましたが、やっぱりまさに「ここがヘンだよ!(この)日本人」と、かさねがさね口を出したくなってしまう一本です。ストーリーに集中したいのに、どうも間違い探しに注意がいってしまうフラストレーションまんぱい。

たとえば、相撲取りがシコをふむシーンで、なぜか土俵が板の間のようなちゃちな音がするとか(製作費の都合ではないでしょう)。それに、「満員御礼」という札の文字がまるで小学生の習字みたい(いや、小学生に悪い)。そのうえ、着物の着付けもたるみっぱなし・・・と、枚挙にいとまがありません。きわめつけは、京都の夕暮れのシルエットとか満開の桜の場面では、ナンか味気ない。これは、日本独特の湿度とか風とかを感じさせる空気感がないのに気がつきました。

そりゃ、「パール・ハーバー」やら「ベスト・キッド」やら、今まで外国の監督さんが描く日本の場面にはつねに「ありゃりゃ!」がつきものですが。しかし、「スシ」「スキヤキ」レベルで世界で通じる「ゲイシャ」ということばが、ここでは舞妓はんと同レベルになっているではありませんか〜。いっそのこと、これは「京都」でも「日本」でもない!ときめこんで見ていただいたほうが、内心スッキリするかもしれませんわ(笑)。

それはさておき、置屋のおかみ役の桃井かおり。彼女は監督のロブ・マーシャルに逆演技指導をしてしまったそうで、ハリウッドに行こうがどこに行こうが、あのマイペースの桃井節と桃井テイストはまったく健在でありました〜。あっぱれあっぱれ。

「おじいちゃんバンド?」

最近「ヤング@ハート」という、おじいちゃん「コーラス」の映画が人気でしたね(わたしは観ていないのですが)。

一方、こちらは「ロックバンド」。ドラムスがよわい67歳、ボーカルとギターは弱冠若くて65歳。ロッカーゆえに多少トシよりは若く見えたとしても、まあそれなりのグループを想像することでしょう。でもね〜、「度肝をぬく」とはこのこと!

じつはこれ、マーチン・スコセッシ監督のローリングストーンズ ライブ・ドキュメンタリー「シャイン・ア・ライト」。まったく、おそるべしローリングストーンズ、おそるべしミック ジャガーです。

わたしはストーンズファンというわけではないのですが、'90年の初来日にコンサートに行きました。東京ドーム!あのとき、カリスマバンドとして有名なストーンズとミック ジャガーのすごさを思い知らされましたよ。ファンでなくてもすっかり夢中。これぞ、世界に君臨するロックバンド。ミック独特のくねくねダンスと、ステージ狭しとダッシュで走りまわる姿。パワフルでした。

しか〜し、御年65歳にして、さらにそれがパワーアップしているとは(唖然)。あの声量、声ののび。身体のキレ、くねくねダンスの怪しさ・・・。衰えというものがない・・・。昔からミックは老け顔だったので、お顔もあまり変わっていないような。

このフィルムはライブの前の打ち合わせの様子から始まるのですが、コンサート直前になっても曲目リストがストーンズから渡されず監督がいらいらする様子やら、ステージ直前にクリントン前大統領一家ご一行さまが興奮してやってくる様子やら、臨場感にあふれながらステージへと突入していきます。

スタジアムのような大きなところでしか演奏しないストーンズにしては、この会場はこじんまりしていて、まるでオペラ座のようなクラッシックな雰囲気があります。いったい何台カメラを使ったのかと思うようなライブ感。そして、劇場とライトが醸し出す色合いも美しいです。何よりもバンドメンバーの仲のよさ、楽しんでいる感じがイイ!

しかし、このミックやキースのカリスマ性と年齢を超越したパワー!演奏中に見せる彼らの至福の表情から、ああこれは脳内ホルモン大放出だな〜という感じです。だから、こんなとんでもない若さを維持しているのですね。それに、まったくうまくやろうとか、感動させようなんて思ってもいない。「みんな、勝手に楽しんでるね〜!」と観客に声をかけるミック。

まったく衰えぬ若さ、パワーにびっくりしますが、それよりもびっくりすること。それは、45年も初代のメンバーでバンドを続けていること。この人間関係のむずかしい世の中、そしてすべてが人間関係から破綻する世の中で、この人たちは気負わず、力まず、仕事も人間関係もお金も、すべて楽しみながらベストなものを生み出してしまうのです。

最近のインタビューで、「70になってもやっていますか?」の質問に、ミックは「わからないよ〜」。しかし、キースは、「あとたった5年先だよ〜」と大笑いしていました

言葉でななく、彼らのパフォーマンスからいろいろなメッセージやインスピレーションがやってきます。パワーがほしいとき、おススメの一本です。

「じつはすご〜くハッピーだったレイさんの人生」

去年亡くなったレイ・チャールズのアルバムがグラミー賞をとりましたね。映画「Ray」はアカデミー賞候補だし。でも、いまひとつ日本人にはピンとこない存在かも。とくに私たち世代には。アメリカ人にとっては心の音楽そのものなのかもしれません(美空ひばりさんみたいに)。映画では、彼の人生をすべて網羅しようとするあまりかなり長すぎてインパクトに欠ける作品になっているのが残念。それに、弟の死のトラウマやら突然の失明、母の厳しい教育、そして麻薬中毒に女性問題、人生すべてが戦いであるかのようなストーリーで彼の喜びの瞬間に焦点があてられていないのですよね。まあ、どうしても故人のストーリーを描くとなると、本人はいないのでモロ他人の視点になるのはいたしかたないのですが。でも、それだけ世を動かし人々を感動させた音楽の神様の人生、その創造の源っていうのは決して「つらさ」ではないでしょうに。きっと、そんな様々な体験のうしろに本人にしかわからない輝くような瞬間が光を放っていて、それが彼をつき動かしたのでしょう。「真」のすばらしさは過酷さからは決して生まれないと思うのです。ねっ!レイさん!

「そして、ひと粒のひかり」

自分の知らない世界というのは多々あるものですが、そんないろいろをかいま見せてくれるのが映画の楽しさ。では、ミュールと呼ばれる麻薬の運び屋ワールドなんていかがでしょう?

ただ運べばいいというわけはなく、少々身体をはる必要あり。それは、小さなゴムの袋に詰められたドラッグを丸呑みし胃の中に隠し持って、コロンビアからNYへと渡るのです。ドキュメンタリーフィルムのようにたんたんと語られてゆくその様子が、かえって臨場感を高めるのか、はらはらどきどきミュール疑似体験ができます。

主人公のマリアが、大きなブドウ粒大のドラッグを渡されて、それを必死に60個以上飲み込んでゆく様子やら、機内で気分が悪くなりトイレに立ってしまう不測の事態やら、なんとか入国審査をパスしたかと思いきやおもわぬところで捕まってしまいレントゲン検査を強制されたり・・と、観てるまに人ごとではなくなっていきます。しかし、他のミュールが手錠をかけられたり、命をおとすなか、マリアは強運を発揮するのです。彼女の物怖じしないキッパリとした性格が、天を見方につけてゆくように。事件に巻き込まれながらも、ついには自分の新天地を求めてスタートをきるマリア・・・。軟体動物になりすぎた私たち日本人に喝を入れてくれる一本かもしれません!

「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」

女性写真家のドキュメンタリー・・・・と、いうよりも劇場版写真集。

たぶん、彼女の写真を見ると「ああ、これ知ってる!」という知名度の高いものがいくつもあります。とくに、ジョン・レノンが殺される数時間前に撮影されたヨーコとの最後の写真。構図の大胆さとはうらはらに表情がとても自然なふたり。わたしも、「この作品は、誰のだろう?」ととても気になっていたものです。

ファッション誌の表紙やグラビアというとヘルムート・ニュートンの作品が頭に浮かびますが、ハーパースバザー誌でのアニーの作品はさらにドラマチック。インパクトがあります。彼女の写真は被写体が自然体であっても、独特な存在感を醸し出しています。彼女のイメージどおりに空気の色を染めあげてレンズにおさめてしまうような。

インタビューの中で、彼女にかかわる誰もが口をそろえて、「仕事に対する姿勢はすごく真剣」、「あそこまでしなくても、いくらでもできるはず・・・」というような発言をしています。でも、撮影している本人を見ると、いたって気楽で飄々としているのです。力がぬけて「我」がなくなってしまってる状態。結局、芸術にしろ、どんな仕事にしてもそうですが、自分を捧げつくす、すると勝手に高いところのドアが開いてしまって天につながってしまうようです。

五十をすぎて子育てに目覚め、今や三児の母に。その生き方の柔軟さはいつも自分の気持ちに正直な証拠でしょう。女性というよりも人として魅力的です。

「シャーロットのおくりもの」

今年最後の一本です。友人の熱い要望にこたえて、子ブタムービーに決定。これまた、今年最後のキャラメルポップコーンを抱えての鑑賞です。

「シャーロットのおくりもの」というからには、この子ブタちゃんかブタを助けた少女がシャーロットかと思いきや、大はずれ!子ブタのすみかである納屋の入り口に巣をはるクモがシャーロットで、まあ彼女が影の主役です(原題は「Charlotte's Web」(シャーロットのクモの巣)なのですね)。

はじめは大っきなスクリーンにタランチュラのようなモコモコしたクモが映し出されるたびにゲゲッと拒絶反応だったのです。が、じつはこのクモ、声がジュリア・ロバーツなのです。知的で優雅な声でささやきかけるたびに、世で言われるゲテモノが慈愛にみちた聖母のような生きものに見えてくるから不思議です。

子ブタをはじめ、動物たちが表情豊かでとってもチャーミング。たわいもない話でありながら、思わずホロリと泣かされます。年末年始のリラックにはもってこいですよ〜。

涙壷度:★★☆☆☆(最後のほうで、ハラハラ泣けました)
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本年度の「たかちゃん日記」もここでひとまず終了です。
みなさま、ほんとうにお世話になりありがとうございました。
また来年もよろしくお願い致します。

どうぞ、元気で楽しくよいお年をお迎えくださいませ。

感謝をこめて。                     古川貴子

「シルヴィア」

友人のお誘いで試写会へ。米国を代表する詩人、シルヴィア・プラスが30才で自らの命をたつ
までの結婚生活を描いた作品です。才色兼備であることを自ら認めてしまうほどの美貌と才気にあるれたシルヴィア。そして同じく詩人であるテッド・ヒューズ
の才能に惚れ込んで妻となり、2児をもうけるのです。しかし、このへんからがスゴイ。やはり物書きのサガなのか、創造力がバンバンふくらんでありもしない
ストーリー(夫の浮気)をでっちあげ、二人の人生を次々に破壊してゆく様は手がつけられないほど悲惨そのもの。彼女の妄想を見ながら「ちょっとちょっと!
何も起こってないんじゃないの?」とチャチャを入れたくなるぐらい。彼女の両親についてはほとんど描写されていないのですが、それでも彼女が父親からの愛
の欠乏感に苦しめられていたのは手にとるようです。その乾いた心は、どんな愛をあたえられようとも受けとれず、まるで干涸びた大地のようにすべてを吸い尽
くし、まわりをも枯れさせてしまうのです。彼女の死後与えられたピューリッツァー賞も、そんな鋭敏な感性あってこそのもの。皮肉なものです。

「ジャック・ブラック、殺しの流し目にご注意」

「杉良太郎もまっ青だよね」とあきれ顔のCちゃん。「まったく・・・。あの何の躊躇もないイケメン・オーラ・・・」と私。

何の話かというと、本日一緒に観た映画「ホリデー」の中のJ・ブラックの流し目パワー。彼は小太りさんで、ぱっと見はどちらかというと吉本お笑い芸人系。しかし、スクリーンではいっつもカッコいいヒーロータイプなのです。今回の役どころも、モデルのG.F.がいて、なおかつケイト・ウィンスレットのような美女に恋される魅力的な作曲家。

何が彼をこうもイイ男にさせるのか・・・。その理由のひとつは流し目パワー。その小さなお目目で、フッと目線を送られて、100%の注意でジッと見つめられると、これはドキっとくるでしょう。目線と目力はとても大切な魅力の一つです。そしてもう一点は、彼のルックスがどうあろうと、なんの躊躇もなく発せられる「超イケメン・オーラ」。視覚的な情報よりもそのオーラにだまされて(?)、つい現実(例えば、小太り・・・吉本系・・・)を正しく認識する力を失います。

そう考えると、美人なのかイケメンなのかは、まわりが決めることではなくて、「自分が自分をパーフェクトだ」と信じて発するオーラに大きく影響されている気がします。ん〜〜、だってホントにCちゃんも私もJ・ブラックがイケメンにしかみえませんでしたからね〜。


でもね、この映画の中のジュード・ロウ。彼は言うまでもなく世界が認める「イケメン」中の「イケメン」ですが、今回はそれも特別!とってもとってもスウィートでナイーヴでピュアで・・・。Cちゃんも私も、いっきにfalling in loveでした(私のジョニ・デプ、きょうは許してね)。

「セブンティーン・アゲイン」

てっきりお子ちゃまムービーかと思いきや、結構楽しめます。笑えます、これは。とくに、外人客にうけまくり。なるほど、アメリカでヒットしたわけね。

ストーリーはというと、会社では昇進をのがし、家族には総スカンをくらい、妻とは離婚訴訟中の超冴えない37歳の男性。彼は、かつてハイスクールの人気者だった・・・。それも、すごいハンサム!バスケ部の花形でダンスもできて、GFはブロンド美人。その人気者を演じるのは、いまどきのイケメンくん、ザック エフロン、このナイスガイ・・・がどうしてこうなる??どう考えてもありえな〜〜い!

あんなに輝いていた男の子が、人生あきらめてる?すべてを人のせいにする?そして、ススけたおやっつぁん?ちょっとムリがありすぎじゃ・・・。

まあ、このありえなさがハリウッドムービーのおもしろいところ。その冴えないおやっつぁんが、ひょんなことから17歳のヒーローの頃の自分に戻ってしまうというのです。再びハイスクールへ。そこでは、そうとは知らない自分の息子に頼られて親友になり、娘には熱烈に恋をされ。そう、なんといっても、彼は37歳。37歳の余裕と包容力、プラス17歳のぴちぴちボディと甘いルックス・・・とくればモテないはずがありません。離婚訴訟中の妻に17歳のルックスであぶなく迫るはめになり・・・。

これを観ているとザック エフロンのヒット作「ハイスクール ミュージカル」番外編というか、焼きなおし。だって、舞台はハイスクール、それにバスケにダンス・・・こりゃ、まちがいなくあのトロイくんでしょうが(トロイくんも将来こうなる可能性があるってこと?)

まあ、若いうちにしかできないザック エフロンのはまり役。お決まりのストーリーですが、これがまた痛快でまだまだやってほしい感じです。ありえないぶん、ああ、おかしい♪

日本のハニカミ王子やハンカチ王子現象にしろ、この昔風好青年のザック エフロンの人気といい、時代はピュアでさわやかなイケメンを求めているのでしょうか?歴史はくりかえす・・・。婚活男性のみなさま、ザック エフロン路線ですよっ、きめては!

涙壷度:★☆☆☆☆ (笑いだけではなく、おもわぬところでホロリとさせられましたわ)

「チャーリーとチョコレート工場」

「映画鑑賞1000本達成」の記録樹立目前のCちゃんと、1/1000をご一緒させていただいた。二人のお好みが完全に一致したのが、「チャーリーとチョコレート工場」。Tim Burtonの作品は、いつもながらの独特な世界!ファンタジックでありながら、どこか容赦のないダークさ。それに、かなりあやういキャラもジョニ・デプにかかると、繊細で愛らしくさえなってしまうというおみごとさっ!チョコレートの池の場面では、なんと映画館にチョコの香りが満ち満ちてくるではありませんか。これは、新しい体験(さすがっ、ヴァージンシネマっ!)。さて、ランチは麻布十番の「喜虎」さんで「鮪にんにく石焼ご飯」をいただく(写真)。魚偏にめっぽう弱い私たちは何のお魚かさっぱりわからず、マグロときいてようやくワクワクもりあがる。特大ビビンバの器山盛りを、おニイさんが目の前でじゅうじゅうとおこげをつくってくれるのです。こんなに食べらんないといいつつ、ほとんど完食。たぬきのお腹をかかえて、それでもあきたらず六本木の裏通りにある静かな中庭でデザートに舌鼓をうち、おしゃべりに時を忘れること数時間。あっというまに夕方に。いい映画とおいしいご飯と愛すべき友人と、そしてもちろんスウィーツがあれば、人生大満足♪

「トラウマ恋愛」のゆくえ

二月下旬にひとつ試験なるものをひかえ、なにやら遊んでいる気分にもならない昨今(そのわりには、じゅ〜ぶん遊んでるとおもうが・・・)。きょうはシネマ・ジャンキーのわたしとしてはかなりひさびさに、映画鑑賞をしてきました。

「マリア・カラス 最後の恋」。マリア・カラスのキャリアにスポットをあてた映画は以前にありましたが、これはあの海運王オナシスとの恋を中心に描いたもの。歌姫としてのたぐいまれなる才能をもうちすて、彼女がのめりこんだその恋とは・・・。

ちょうど数日前、友人と話題になったのが「トラウマ恋愛」。これは何かというと、えてして最初の恋愛は自分の癒されていないコンプレックスをベースにして相手を選んでしまうということ(もちろん、二度目も三度目もそのパターンの方もいらっしゃいますが)。コンプレックスを埋めあわせてくれる相手こそ「私に必要な人!」と執着するので、「ちょ〜だい!ちょ〜だい!」エネルギーが強すぎて、結局重たがられてうまくゆかなくなる、という話です。

はっはっは。これも、カラスとオナシスというよりは、まさにこの典型がた。カラスは幼少期に体験できなかった父の抱擁力をオナシスに投影し、すべての愛情を吸いつくそうとするのです。自分に与えられた天賦の才など、飢え乾いた愛情を満たすためだったらいくらでも棒にふってしまうというわけです。しかし、あそこまで成り上がり、自分の名声のためならチェスの駒のごとく人を動かすオナシスにしたら、これは重い・・・。一方、オナシスもつらい少年期の体験から「大物になってやるぅぅ!」と心に誓い、それが人生のすべてのモノサシになっているのです。だから、女性はステータスを上げる道具にすぎず、次ぎのステップがくると取り替えなければなりません。そして、お互いがニーズのぶつけあいになり破局。あ〜あ・・・。

こんな簡単に分析してますが、少なくともすべての恋愛にはこのカラクリがいくばくかは働いております。自分の痛みは、実は相手に無条件で与えることによってのみ癒されるのですが・・・なかなかその境地に達するのはむずかしいですな〜。(しみじみ・・・)

涙壷度: ☆☆☆☆☆(ゼロ)
セレブ度: ★★★★☆(当時のセレブの生活ぶり、観ていてゴージャス感いっぱい!)

「ドリームガールズ」

楽しみにしていた一本が公開されました。それは、ブロードウェイミュージカルを映画化した「ドリームガールズ」。映画というよりは、まるでライブを観に行っているようなド迫力とエネルギーに満ちています。

ビヨンセが主演と聞いていたけれど、どうもビヨンセが見えない・・・というよりは霞んでしまうのは、強力に脇をかためるジェニファー・ハドソンのせい。いったいこの人は何者じゃ?完全にビヨンセをくってしまいました。この歌唱力、この存在感、この愛らしさ!もう、スゴイとしかいいようがありません(汗)。すでに、彼女のための「ドリームガールズ」になってしまっています。

三人のポーカルグループの女性が、無名からバックコーラスへ、そして表舞台で頂点に上りつめてゆくまでを描いているのですが、彼女たちのヘアスタイル、メイク、ファッション、そして表情の変化などをながめてゆくのもまたおもしろいものがあります。

とってもエンターテイメントな一本。
涙壷度は・・・ ★★☆☆☆ (ちょっと、ホロリときます)

「ナルニア国物語」

「ナルニア国物語」といえば、どっさり何巻にもわたる長編ストーリーです。いつも読み始めるたびに「今度こそ、制覇するぞ!」と息まくのですが、たいてい岩波少年文庫の2巻めほどで挫折するのがつねでした。さて、このたびは映画で登場。封切り初日に行ってまいりました。

映像にしてしまうとイマイチかな〜と心配でしたが、そんなことはありません。のっけからの空襲シーンで、そのあまりのリアルさに他の映画の予告かと思ってしまうほどでした。ディズニーというよりは、スピルバーグばりの迫力と特撮のこりようで、ぜんぜん子ども騙しではありません。本よりおもしろいです(全部読んでないくせに!)。大人もかなりエキサイトできること間違いなし。

本のなかでは、悪い魔女が少年を「プリン」でそそのかして手下にするのですが、映画では「プリン」ではなくて「ターキッシュ・ディライト」というシャレたお菓子に変っていました。いくらなんでも、いまどきプリンごときではそうやすやすと子どもはついて来ないでしょう。この新種のお菓子は、口のまわりが真っ白になるほどパウダーシュガーたっぷりで、不思議な赤茶色。どうやらイギリスのティータイムにはかかせない定番のお菓子のようです。少年がハグハグっとぜんぶ平らげてる様子に、わたしも思わず生ツバものです。 お願い!なんでもいうこと聞くから、ひとつ私にくださいな〜♪(桃太郎の家来か?)

「ハリー・ポッター」は、一話め以外はみてる途中で眠くなってしまうのですが(なんせ、話がこむずかしい)、ナルニアは今後も期待大です。不思議な動物オンパレードが楽しいです。わたしは、ビーバー夫婦の仲睦まじさに心酔してしまいました。ビーバー奥ちゃまが、なんとも愛らしいです♪

涙壷度: ★☆☆☆☆(お涙ちょうだいものではありません)
はらはらドキドキ度:★★★☆☆

「プロデューサーズ」

あの超クールなイメージのユマ・サーマンが、歌ってる!踊ってる!コメディしてる!と、びっくりなブロードウェイ・ヒットミュージカルのリメイク版「プロデューサーズ」。

いろんなおちゃめなキャラクターに彩られながら、滑稽で、おかしくって、にぎやかで・・・いつのまにか歌のフレーズを一緒にくちづさんじゃうような・・・ミュージカル映画の王道ともいえる作品です。

興行に大失敗することで大もうけをたくらむプロデューサー二人組。最悪のシナリオやら演出家、出演者をえらんだものの、これがまた大ヒット。そこからボロが出て刑務所行きに・・・。登場人物もかなり怪しいキャラですが、マシュー・ブロデリックをはじめ、みんなとってもチャーミング。とくにゲイのおにいさんたちが、なんて愛らしいのでしょう♪そして、よ〜く見ていると隅々にいろんな演出があるのも楽しめます。

ゴールデンウィークののんびり気分には、ぴったり!

涙壷度: ★☆☆☆☆(これは笑い泣き)
盛り上がり度:★★★★☆

「プロヴァンスの贈りもの」

”プロヴァンスの〜〜”というネーミングだけで人が集まるぐらい、日本人はフランス、プロヴァンス地方が大好き。あのピーター・メイルのかつてのベストセラー「南仏プロバンスの12ヶ月」の影響でしょうか?素朴な、でもとても心豊な田舎生活をイメージいたします。

そのピーター・メイル原作の映画が、「プロヴァンスの贈りもの」。でも、ぎょっといたしました。監督と主演が、リドリー・スコットとラッセル・クロウ。あの「グラディエイター」コンビではありませんか。まさか、のどかなプロヴァンスで、猛獣と食うか食われるかの死闘ですか〜?

どうなることか・・・と観てみたら、よくあるまったりゆるゆるのプロヴァンス映画とは違って、とてもテンポがよくって楽しいコメディに仕上がっています。

プロヴァンスに住むおじさんの遺産を相続することになった超仕事人間のマックス。人生のすべてが金・金・金のやり手トレーダーの彼にとって、相続でプロヴァンスに滞在することすら面倒なきわまりないのです。お留守中の仕事はトラブル続きで失職にまで追い込まれそうななか、幼少時代をすごしたプロヴァンスのぶどう畑、テニスコート、プールなどの思い出をたどりながら失っていた人間らしい感覚をゆっくりと取り戻してゆきます。

じつは亡くなったおじさんの遺産とは、屋敷よりもぶどう畑よりも、マックスを人生の楽しみ、豊かさに目覚めさせてくれたこと。亡くなったおじさんとの少年時代の回想がなんとものどかで美しくって、「ああ、こんな暮らしっていいなぁ」と感じさせてくれるほんとうの豊かさを教えてくれる一本です。

最近、映画館に入ると爆睡をくりかえしていたわたしが、ひさびさに意識を保ったまま最後まで楽しめた作品でした(笑)。

涙壷度: ☆☆☆☆☆ (ゼロです・・・笑えます、心がほぐれます)

「ベルヴィル vs ファントム」

試写会のお誘いをいただき「オペラ座の怪人」を一足早く鑑賞してきました。舞台では2回ほど観ているのですが、映画だとかなりダラダラするのでは?と危惧していたのです。ところが、引き込まれます。泣けます。せつないです。A. L. ウェバーの名曲に、クリスティーヌの美しい歌声、ファントムの純粋さ、そして華やかな演出に・・・!もう一本最近のお気に入りは、「ベルヴィル・ランデブー」。これは、フレンチアニメなのですが、粋です。日本では可愛くないアニメはうけないようですが、これがほんとに可愛くない。むしろグロテスク。すべてがおそろしく誇張されてるのです。それに、主人公二人(おばあちゃんと孫)には、せりふがなく感情表現もほとんどないのです。しかし、淡々と物語が進行していくところが逆に語りかけてくるのですね。母にはないおばあちゃんならではの図太さ、誘拐された孫奪還のあっぱれを見て下さい。静かだけれどにぎやかで、シニカルだけどユーモアいっぱいの大人のアニメです。

「ベンジャミン・バトン 〜数奇な人生〜」

のっけから、せつないエピソードに泣かされます。駅の構内にかける大きな飾り時計を依頼された時計職人。時計の除幕式で、みんな「あっ!」と声をあげます。その時計は、なんと逆回りするように作られていたのです。なぜなら、戦死した息子を取り戻したかったから。時を巻き戻すことによって。

そして、話は時を逆に刻む時計から、時を逆行する男へとかわります。80歳で生まれ、0歳で生涯を終えた・・・そんな男の物語。

ベンジャミンのお父さんが彼を捨てたのが老人ホームの玄関。なので、彼は幸いにも老人の風貌で幼児期を生きることに何ら違和感を感じず育ちます。

でも、そんな男の人生がたやすいはずがありせん。若い頃から老人の風貌でさまざまな経験を積み、彼はどんどん若返ってゆきます。かなしいことに、愛する人とようやく釣り合うようになるのは人生のほんのつかのまのできごと。すべてはうつろい・・・まさに諸行無常です。

ベンジャミンの場合は時の流れというものが、とても克明でインパクトがあります。決して人と同じ流れで時を刻めないから。でも、考えてみると、わたしたちだってただ気がついていないだけで、いつだって時は刻一刻と流れ去って、けっして同じではないのですよ。

そして、もうひとつ感じたこと。わたしたちが人生のなかでほんとうに深い出会いをするのは、わたしたちが思っているほどそうたくさんの人たちではないということ。世の中にはこんなにたくさんの人があふれているように見えるけれど、実際、自分の人生にかかわり真の登場人物となるのはごくごく一握りの人だけ。それが、魂が結ばれているということなのでしょうね。だから、自分に与えられた近しい人との縁をいつも大切に慈しんでゆかなければなりません。

ひさしぶりにブラッド・ピット主演作で、ちょっと楽しみにしていたのです。アンジェリーナ・ジョリーとパートナーになって一気に子だくさんになったブラピが、どんな「おとっつぁん」になってたのかと・・・。しかし、これはほとんどが特殊メイクの老人顔で現在のブラピがどれなのか・・・。しかし、青年になったベンジャミンは、ちょっと太めではあるものの、あの若かりし頃のブラピそのものでしたよ。特殊メイクすごいですね〜。

涙壷度:★★★☆☆ (時計屋のおじさんにいきなりやられた!)

「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」

五十才になる男性を想像してみてください。それなりに脂がのって貫禄がついてきて、それとともにオツムもちょっと涼しげだったり・・・。まだ日本の男性は若く見えますが、アメリカ人男性だったらビア樽まちがいなし!・・・なのに、この人はどうしちゃったのでしょう?このスレンダーボディに風に舞うような動き。まるで時が止まったような。まさに永遠のピーターパン。

「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」を観てきました。よかったです。とっても。涙・・・。

ずっとずっとスキャンダルばかりで、そこにしかスポットライトを当てられなかったマイケルだけど、これぞマイケル。この、人となり、やさしさ、純粋さ、この謙虚さ、この才能。実際のところ、歌って踊っているか、スキャンダルしか知らず、彼がどんな人なのかは知らなかったのだと感じます。それに、10年のブランクもなんの、その歌声もダンスもすごいです。一世を風靡した頃よりも、ずっと深みがあるしオーラを放っています。

まわりの若いダンサーたちはまさに必死にダンスをしてるけれど、マイケルはといえばダンスをするというよりはまるで音の中にとけ込むように動いていて、とても自然で軽くて美しい。まったくムダのない動き。どのダンサーもかなわない存在感。たいてい、過去のスーパースターがリバイバルしてステージをすると、どこかムリな感じがあったりしますが、マイケルは確かに進化しています。過去の焼き直しではないのです。

それに、このフィルムを見ていると、せっぱつまっているはずのリハーサル中にマイケルはいちいち相手を思いやります。「これは文句を言っているのではなくて、ただ音が聞こえにくかったと伝えたいんだ」とか、いちいち「I love you!」「God bless you!」のメッセージ。かかわる一人一人をほんとうに大切にしていて、スタッフのひとりから「ここは教会かい?」というコメントまで。

人はたまたま死んでしまうことはないといいます。表面の意識では気づけなくても、すべてそれは自分の計画の中。きめられた時がやってきたのです。彼はこんな素晴らしいステージ(ほんとうにこれが完成していたらどうなっていたことか)を、ひとにぎりのファンのためにするのではなく、劇的な人生の幕切れをすることによって本来だったら伝わらなかった人たちにもメッセージを残したのだと感じます。

これだけ純粋な人だったからこそ、世の中と戦うこともなく、彼の中の研ぎすまされた感覚はひたすら自分に向けられたのかもしれません。

自分への愛、人への愛、そして自然や地球への愛があふれています。・・・これはリハーサルフィルムにとどまることなく、もしかするとコンサート以上にマイケルからたくさんの贈りものが届けられているように感じます。心があたたかくなりました。そして、ますますマイケルが恋しくなりますよ。

「ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密」

セラピーで幼児虐待の後遺症による問題が多いこの頃、ちょっと考えさせられる映画です。作家として成功した娘がインタビューで母親の暴力にふれたことで、母は激怒。母の友人が仲裁に入るなか、自分が生まれる前の母親の夢や挫折、哀しみ、あきらめなどを通して一人の女性としての人生を知り、母の心の傷の深さを理解し始めます。人に暴力をふるったりむやみに傷つける人は、好きこのんでそうしているのではない、ということ。じつは深い傷からそうせざるをえないことをおしえられます。そんな苦しみを理解し受け止める器をもつため、自分自身も癒してあげないといけませんね〜、しみじみ。

「ラフマニノフ ~ある愛の調べ~」

シューマン、ベートーヴェン、ショパン・・・と自伝的映画が作られてきましたが、待っていましたセルゲイくん!「ラフマニノフ」の登場です。わたしの大好きな作曲家のひとり。

雄大なロシアの大地を感じさせながらもどこか深い悲しみをたたえた美しい旋律、「ピアノ協奏曲第二番」と「パガニーニの主題による狂詩曲」がわたしのお気に入り。

「協奏曲第二番」は、すでに古典となった映画「逢いびき」に使われていたり、ナチス下のユダヤ人家族の悲劇を描いた「遠い日の家族」でも耳にしました。そう、ドラマチックなストーリーをさらに盛りあげます。あと、エリック・カルメンが自作の曲の中にも上手にアレンジしていましたっけ。

「パガニーニの主題・・・」が使われていた映画「ある日どこかで」は、時空をこえたまか不思議なラブ・ファンタジー。切なくて哀しくて涙・涙でした・・・。

今回の映画でラフマニノフを演じている俳優さんはかなりラフマニノフっぽい。もう少し痩せて神経質さがましたら上々でした。プロのピアニストさんばりの雰囲気と、指さばきはお見事!

映画の中でラフマニノフの曲はフルには堪能できませんが、あちこちにちりばめられた美しい旋律にふれるときっともっとラフマニノフが聴きたくなることでしょう。

「レミーのおいしいレストラン」

これは、大人も楽しめるアニメ!

パリの街並は美しいし、フレンチの名店「グストー」のお料理はほんっとリアルでおもわず生ツバ(隣にいた女の子も「わ〜♪おいしそ〜!」と大歓声)。登場人物&動物のコミカルな動作や表情もよくキャラクターの内面を表現しているし。それに、CGの出来が素晴らしくって、主人公のおちこぼれシェフのリングイニと、ネズミにして天才シェフのレミーとひとつになって、はらはらどきどき楽しくふりまわされます。

こんなリアルなアニメを見て育つ現代のお子ちゃまはラッキーですね〜。とてつもなく想像力が豊になりそう。だって、大人だってこんなに目をみはる世界ですもの。子供にしたら、映画のなかで大冒険。

最近の人気アニメは、世の嫌われものがヒーロー。この作品だって、パリの下水道から出てきたネズミが超人気フレンチのシェフときてる。「汚い、気持ち悪い、ありえ〜〜ん!」と嫌悪感でいっぱいになるはずが、「かわい〜!おいしそ〜!たべた〜い!」になってしまう不思議。

この夏人気だったもう一本のアニメ「シュレック」だって、沼に住む化け物がお姫様と結婚してヒーローになっちゃう。もちろん、イケメン王子も登場するけど、なぜか腰抜けだったり、大の勘違い男だったりとさんざんなキャラクター設定ときています。「シュレック」は三作目になりますが、あのミドリで超太鼓腹の化けもの・・・いえ、もう化けものとよべないぐらい、チャーミングでハンサムで素敵に見えちゃう。今の時代、たんにハンサムで優秀なだけじゃヒーローになれないのですね〜。

レミーの作るオムレツを見て、むしょうにフワフワオムレツが食べたくなりました。レミーのお店はどこだっ??目印はネズミの看板!

涙壷度 :☆☆☆☆☆
お楽しみ度 :★★★★☆

「仕事も恋もお金も・・・ぜんぶあきらめな〜い!!」

「なんか、お気楽な映画が観たいね〜」とチョイスしたのが、キャメロン・ディアスの「べガスの恋に勝つルール」。”私は、よくばる!”というキャッチがついているだけに、「よくばる」ことに身体をはった一本です。

見知らぬ男女が傷心のすえべガスにやって来てふと出会い、泥酔のすえ即日結婚。一夜あけてシラフになったら、お互い最悪な気分。さっさと別れてすべてなかったことにしようとしたところ、スロットで300万ドルの大当たり。この大金をめぐって、ふたりのニセ結婚生活がスタート。どちらがどちらをおとしいれるのか、攻防がつづきます・・・。

この日の劇場は満席で巨大スクリーン最前列左端にようやく坐ったものの、首が90度にのけぞって今や頭がもげ落ちそう。キャメロン・ディアスの顔は妙に変形して見えるし、そのうち吐き気までしそうな無理な態勢。なぜ、こんなところに座席をつくってお金をとるの〜?

しかし、ノンストップのおバカなストーリーのおかげで、なんとか我を忘れてサバイバルすることができました。

ロマンティックコメディの女王、メグ・ライアンはとんと見なくなりましたが、「メリーに首ったけ」から十年たってもまだこんなハイテンションのドタバタコメディができるキャメロン・ディアスはすごいです。だいたい、彼女のシリアスものはあまりイメージできないし(・・・といってもじつは、シリアスドラマもやってるのですよね)。いったいいつまでこのはちゃめちゃコメディが続くのか、まだまだがんばってほしいものです。

キャメロン・ディアスのハイテンションとやりたい放題が日頃のたまったストレスを増してくれるのか癒してくれるのか・・・あなたしだいの一本です(笑)。

「厨房で逢いましょう」

またまた、美食ムービーです。

レストランでおもわず犬食いになる、我を忘れて皿をなめる、はては恍惚状態・・・いったいどんなお料理なのでしょう?てっきり、美食の都フランスを舞台にしたストーリーだと思いきや、なんとドイツです。でも、だからこそ美味なる料理に予想外の反応をひきおこすとも考えられます。

幼い頃、母の臨月まぢかの大きなお腹に魅せられて、自分もああなりたいと食べることだけに情熱をもやしつづけた少年グレゴア。がやがてシェフとなり天才的な料理を作り出すことになります。でも、料理に没頭しすぎ、また臨月体型もわざわいして、とんと女性には縁がないのです。

そこに現れた倦怠期に悩む人妻エデン。彼女はグレゴアの料理のおかげで癒されて、だんなさんとの仲も再びあつあつに。しかし、グレゴアの料理の腕が冴えわたって人を恍惚とさせるのは、じつはエデンに恋をしていたから。それに、なぜか突然イキイキしはじめたエデンをみて、だんなさんはじつは心中穏やかではありません。ここから、物語は思わぬ方向へ・・・。

結局、ものごとはどう取り繕おうがジタバタしようが、なるようにしかならない。おさまるところにしかおさまらないのです。

人は恋に落ちるとき、頭ではなくって五感で恋におちるもの。シェフ、グレゴアにはほとんどセリフがなく、目で語っています。とても繊細で深い優しいまなざし。そして、「エロティック・キュイジーヌ」といわれる彼のお料理は、目も舌も鼻も胃袋も心地よく刺激して・・・。エデンが我を忘れてグレゴアのもとに通ってしまうのも、頭でとめられるものではないのですね。。・・・・ん〜、その後は、当然の結末といえるでしょう。納得。

お腹グ〜グ〜度; ★★★★★ (ああ・・・おいしいものが食べたい・・・)

「君のためなら千回でも」

ひたむきな少年たちのちょっと泣ける友情もの・・・かと思いきや、舞台はアフガニスタン、そして少年から大人へと時をこえた物語。

強い絆で結ばれていた二人の少年。しかし、純粋さゆえの残酷さから、ある出来事によってふたりの友情はあっけなく失われてしまいます。いちばん自分を気づかい愛してくれていた人をふみにじってしまうのです。

少年の一人はアメリカに亡命し、それから二十数年。そこに一本の電話が入ります。昔の親友の消息について。そして、電話をうけたその青年は愛する家族をも残して、かつての親友のためにタリバン政権下のアフガニスタンへと向かいます。親友は、もうこの世にいないにもかかわらず・・・。

長い時がたって、やっとんほんとうの答えが出ることもあるし、見えなかったものも見えてくる・・・。だからこそ、人生は深みがあるし愛おしいのでしょう。
予想外に泣けました。

涙壷度: ★★★★☆(ハンカチ必携)

「存在に癒される」とはまさにこのこと!

その昔、ローマ法皇、故ヨハネ・パウロ二世が来日されたおり、幸運にも来日記念のミサにあずかる機会がありました。そのとき、ローマ法皇が姿を現すなり、どっと涙が溢れ出しとまらなかったのを思い出します。まわりを見まわすと、誰もがハンカチを握りしめ感動で顔をくちゃくちゃにしながら笑っていました。

なぜそんなことを思い出したかというと、きょう同じような体験をしたのです。「東京都写真美術館」にドキュメンタリーフィルムを観に行ったのですが、上映がはじまるといっせいに鼻をすする音がしてみんな泣いている様子。じつは、私もずっと涙がこぼれてしょうがありませんでした。

何を観たかというと、マザー・テレサの没後十年のドキュメンタリー。その活動と言葉を記録したものです。

マザーは「すべての人には愛し愛される権利がある。だから、これは福祉活動ではなくて魂にかかわる「愛」の行為である」と、政府からの援助はいっさい受けとらないという方針で活動を世界に広げてきたといいます。貧困を救うというよりも、もっと深刻な愛のない乾いた心を救うこと。ひとつまちがうと自己満足におちいりがちなボランティア活動ですが、純粋な愛に根ざした行為が人をひきつけ感動させる源となっているのでしょう。

マザーがアメリカの病院に活動で訪れたとき、すすめに従って健康診断を受けたそうです。そのとき心臓が悪いことが判明したそうなのですが、ただちにこのことは口止めされたとか。自分の状況、状態、それは神から与えられたもの、だから静かに受けとめるのだと。たとえどんな状況におかれたとしても、それが今いるべき「自分の居場所」であると。身体の悪いことはマザーにとっては普通の状態となったわけです。忙しい活動を緩めるどころか、同じように心臓に病と共生するように活動を続けたそうです。

自分のおかれた状況をまさに自分の居場所として選択しつづける、「すべてにサレンダーする」生き方。これは、セラピーの中でもつねにキーワードとなる言葉です。今までわかっていたつもりでしたが、マザーがまさにそれを生きる姿を見たとき、理解できたというよりもお腹の深いところにポト〜ンと落ちた気がしました。

「癒し」の仕事の原点をみせていただきました。

「宇宙へ。」

何年か前、フロリダ滞在中にNASAを見学しに行ったことがあります。ほんもののスペースシャトルがある広大な敷地の一角がビジターセンター。たしか、入り口のチェックもかなり厳しかったのを思い出します。そして、「猛犬注意!」ならぬ、「アリゲーター注意!」のたくさんの立て札。たしかに、このあたりの沼地には棲息しているのでしょうが、挙動不審にウロウロしていると巨大獰猛アリゲーターに食べられちゃいますよ、ということらしいです(汗)。

さて、そんなNASAの宇宙開発のすべてを収めたフィルムが、このたび英国のBBCワールドワイドによってドキュメンタリー映画になりました。ドキュメンタリー作成には定評のあるBBC。さっそく観てきました。

あれ?トム・ハンクスもエド・ハリスも出てこない・・・?!ハイ、これは正真正銘ホンモノ映像なのです。

映像のドラマティックさ、美しさ、まるで脚本を書いて作成したようなさまざまなカット。たんにドキュメンタリーフィルムにとどまらないおもしろさがあります。宇宙船に乗りこんだ飛行士の最後の表情、ロケット打ち上げを見守る人々の様子(この当時の髪型、ファッションもおもしろいい!)、トラブル発生時の管制室の張りつめた空気(あわてるというよりも、まさに目がテン!という感じでした)、ミッション成功の様子(宇宙飛行士は子供のようにはしゃいでいます)・・・真実だからこそ胸に伝わってくるものがあります。

しかし、五回に一回は失敗をかさねつつ、有人飛行を成功させて、わずか十年足らずで月に降りてしまったすごさ!人間の能力と可能性は偉大です。今じゃ、宇宙に実験室がありますものね。

以前にも何度か目にした、月の向こう側から地球が昇ってくる映像。寂寞とした月の表面と漆黒の宇宙の中に現れる発光体のような地球の姿。なんて美しい星なのでしょう!あらためて、感激。この星の住人である幸せと誇りを感じます。

さまざまな地球の映像や銀河の映像。巨大なスクリーンで観るていると、自分も宇宙に行ってきた気分になります。そして、いつも近視眼でものごとを見ることに慣れてしまっているわたしたち。とくに、行き詰まっているときは超近視眼。

宇宙から眺めるという、自分の姿が針の穴にもならないほど引いた目線でものごとを眺めてみると・・・ああ、すべてがど〜でもよくなってくるこの脱力感(笑)。わたしたちのものの見方が変わると、自分の感じ方も変わり、また自分の体験も変わってくる、そして人生が変わる。

ああ、楽しかった♪

「宇宙戦争」

スピルバーグとトムクルーズにして、まだこんなことやってるんですかぁ〜?と感心(寒心?)してしまうのが「宇宙戦争」。観たわけではないのですが、予告だけでも唖然。ソビエト・イラクなど戦う相手がいなくなったはては、宇宙人?それにこのキャッチときたら、「地球最後の日に愛と勇気がためされる!」。これには、友人と大笑い。べつに地球最後じゃなくたって、日々愛と勇気でいいわけだし、試さなきゃいけないほど疑ってる?(笑)それに、何かが攻めてきてやられちゃうなんて、もう古い!だって、攻めてくるという信念さえ持たなければ、誰も攻めてこないわけだし。わざわざ攻めてくるものをこしらえ続けるのは、エネルギーのムダ&被害者意識まるだし。被害者って一見同情をかいますが、結局悪者をつくって「私は正しい!」と主張する優越感と傲慢さが生み出していたりします。コトが起こると、ひとは被害者に同情しますが原理的にはどっちもどっち。これじゃ、たんに手をかしたいと思っているであろう宇宙人に対して、はなはだ失礼じゃありませんこと。しかし、なにぶん観ていないので、ご覧になった方、何か新たな視点がありましたらご報告くださいませ。(写真は、「宇宙戦争」とは何の関係もありません)

「山の郵便配達」

上映20分前の岩波ホール、すでに満席で補助席に座らされた。きょうは平日、そのうえ昼間、「みんなど〜した、いったい?」という感じ。(え、私も?)中国映画というと、残酷でおどろおどろしいイメージがあるけれど、ナントこの純なことといったら・・・かなり泣けます。保証付き。

「幻影師アイゼンハイム」

「幻影師」とは、今でいうなら「イリュージョニスト」。引田天功のように 大掛かりなびっくりを見せてくれる人です。

この物語は19世紀末のウィーンが舞台。イリュージョンといってもハデなパフォーマンスやきらびやかな演出はないのですが、それでも現在わたしたちが目にするイリュージョンになんら劣らず、トリックなのか超常現象なのか・・・人々を惑わせます。

そして、そのイリュージョニスト、アイゼンハイムの初恋の相手をかけて行われるいちだいイリュージョン。そこには、当時のハプスブルグの皇太子も巻き込み、あれよあれよという展開。

そして、いつのまにか映画を見ているわたしたちまでもが、イリュージョンの観客のひとりになっていたとは・・・。

アイゼンハイムを演じるのは、エドワード・ノートン。
彼の出演作は久々に観ましたが、好きな俳優さんの一人です。彼の監督&出演作「僕たちのアナ・バナナ」はわたしのお気に入。

ほんとうに、この人はもの静かでクールな素顔とは一転して、いったん役に入ると七変化。どんな役でも圧倒的な存在感と迫力を放ちます。
今回も、彼のカリスマ性がアイゼンハイムをがぜん神秘的にしているようです。

あっぱれアイゼンハイムのイリュージョンを観て下さいませ。

涙壷度: ☆☆☆☆☆
(ゼロ・・・最後は泣いたという人もいますが、わたしはむしろ笑ってしまいました)

「時代はハーフマッチョ」

ホントに類は友を呼ぶもので、「”チャーリー&チョコ工場”を観て来たよ!」と友人たちに報告すると、「ジョニデプ、大好き〜」と口をそろえたような反応がかえってくるのです。「彼の繊細そうなところがいい!」という意見は、さすが同類。わたしも同感っ!ジョニデプは純粋さ、繊細さが魅力のひとつ。なので、私の場合ムキムキ・マッチョ系はちょいと苦手。そうはいっても、一人だけ別格あり、それはラッセル・クロウ。「グラディエーター」にはじまり今回の「シンデレラマン」にいたっては、「戦う男」まさにマッチョのあかしです。でも、彼の場合、ムキムキ感あふれるなかにも、どこか繊細で哀愁がただよっているのがイイっ。あんなに強そうなのに、彼の目は捨てられた子犬のようにちょっと哀しげ。フルマッチョ(なんだそれは?)ではない、このハーフマッチョ感がまた世の女性の心をくすぐるのでしょう。人間、強いだけとか、優しいだけとか、あるいはめちゃくちゃ美人というのは、あんがいつまらなかったりするものです(そうはいっても、やっぱり美人はいいっっ・・・)この「シンデレラマン」はそんなハーフマッチョが、家族愛からボロボロになっても戦い続ける、観ていてかなり「痛たた・・・」な一本。弱さを隠すためにひたすら強くなろうとするマッチョが多い中、じつは本当に強いというのは弱さを知りつつ、それでも立ち上がり続けることであると感じますね〜。涙壷度★★☆☆☆(バシバシ痛そうで、あまり泣いてるヒマなし)

「残暑の三連発」

残暑が厳しいと、映画館に到着するなりいっきに極楽&和みモードに突入して、意識がモウロウ。気がつけば、映画はとっくにエンドロールだったりします(泣)。それに、ちょっとでもおもしろくないと、即どこぞへかトリップしちゃうという持病(?)の持ち主だし・・・。でも、しっかり最後まで見たこの三本。まずは、「アルフィー」。主演ジュード・ロウが知人のT氏にそっくりじゃありませんことっ!(ちなみにJ・ロウは、今やアメリカで最もセクシーな男優だそうな) そう思って観ていると、さらに同一人物にみえてくるからおかしい。くわえて、スーザン・サランドンが私のかつてのピアノの師匠に似てるとくれば、親近感たっぷり。たぶん、どちらも顔の詳細より、表情や物言い、エネルギーが似てるのでしょうね。
さて、お次は「ヒットラー〜最後の12日間〜」。追いつめられた地下要塞で起こる様々な人間ドラマ。なるほど、模擬刑務所で心理実験をしているうちに参加者が狂気に陥るという実話を映画化した、あの「es(エス)」の監督さんらしい作品です。この監督さん、密室での狂気がお好み?しかし、かつて天使役だったブルーノ・ガンツのヒットラーは、ちょいお人好し気味。いくら最期で弱っているといっても、もう少しコワレてる感じがほしかったですね。
さて、最後の「コーチ・カーター」は、なりゆきでたまたま見てしまった一本。期待がなかった分おもしろかったです。バスケ好きにはおすすめ。最悪な落ちこぼれチームが、コーチの愛情と信頼でメキメキ強くなって、人間としての尊厳まで磨かれてゆくさまを描いている実話です。やっぱり人の健全な成長には愛情にまさるものはありません。なまじっか小難しい作品よりも、単純明快、最後まで楽しめました。

「海を飛ぶ夢」

実話にもとづいたお話です。二十数年にも及ぶ全身麻痺のすえ法廷で尊厳死を勝ち取ろうとする男性と、痛いほどその苦悩を知りながらもそれに手を貸すことに苦しむ家族や弁護士の葛藤の物語。主演のハビエル・バルデムのみならず、脇を固める俳優さんたちがいいです。いつも思うのですが、スペイン映画はハリウッドのような美男美女やらカリスマは見当たらなくて、一見地味で普通なのですが見ているうちに引き込まれて胸の奥底をがっつり掴んでしまうような俳優さんたちがたくさんいます。尊厳死に関しては、推奨されることでも否定されることでもないように思います。賛成する、あるいは反対するとき、いったい何を恐れているのか、何に抵抗しているのか、というかなり個人的な問題で、そこからそれぞれの信念や怖れがみえてくるかもしれません。さて、今回の涙壷度(これはどのぐらい泣けるかの私なりの度合い、笑):★★★☆☆(星三つ)で、もれなく涙がついてきます。

「生きる」

映画好きのわりには、めったにしないのがおうちシネマ。なぜなら、いつも知らないあいだにグ〜ッスリなのです。そんな私が、これまた珍しく『邦画』のDVDを借りてきてしまったのが、黒澤明監督の「生きる」。

30年間無遅刻無欠勤で、ミイラという愛称までつけられているお役所の課長さん。彼についてこんなナレーションが入ります。「今は、彼について語るのは退屈だ。彼は時間を潰しているだけだから。彼は生きた時間がない。彼は生きているとはいえないからである。これは死骸も同然だ。この男は20年ほど前に死んでしまった。それ以前は少しは生きていた・・・」。たしかに・・・いのちがあるから生きているとはいえません。

そんな彼が突然末期がんになり、急にあり金をはたいて遊びまくります。しかし、空虚さはつのるばかり。ふと、「私にも何かできるかもしれない・・・」と目醒めがやってきた喫茶室。若い女性たちが友人の誕生日を祝ってバースデイソングを合唱しているさなか、彼は火がついたように飛び出してゆくのです。まさに、彼が本当の意味で生まれた瞬間でした。そして、数ヶ月間奔走し児童公園をつくりあげます。

病魔におかされ歩くことさえままならない身体になりつつも、どこまでもあきらめません。できあがった公園でぶらんこに揺られながら息をひきとる彼の瞳は、満足げでどこまでも澄みきっていました。

最近の日野原先生のお話に続いて、「真に生きた時間を活ききる」ということを考えさせられる一本でした。
涙壷度:★★★☆☆
昭和レトロがはやる昨今、この1950年はじめの作品は今観るからこそ、建物・服装・生活などなど、かなりおもしろいです。

「眠っちゃったの!エコサンデー」

地球温暖化問題に取り組む元米国大統領候補アル・ゴアさん。彼のセミナーをドキュメンタリーにしたのが、今上映中の「不都合な真実」。

「私たちが知らされていない環境破壊の現状をが、もっとつぶさに肌で感じられるかも・・・」と予告を見て興味を持ったのと、「エコサンデー」キャンペーンで500円で観られるというイージーな理由でさっそく出かけました。

バージン・シネマの巨大スクリーンで前から三列目はちとキツイ。でも、夕食をお腹いっぱい食べてマブタがおも〜い私たちにとっては、こんな至近距離の迫力映像では寝るどころじゃないでしょ〜、と思っていたのですが・・・・。

・・・みごとに寝ました。もちろん、このドキュメンタリーの意図、内容ともども文句のつけようがないのでが、なんせアル・ゴアさんが英語でまくしたて、のべつまくなしのチャートやグラフのオンパレード・・・。もう、左脳がフリーズ状態になって、右脳が開いたとたんトランス状態(お昼ね状態)におちいってしまいました。

やっぱり、この方政治家ですから、喋らせるとどうも演説になっちゃう。でも、ほんとうに人に伝えたいとか心情にうったえるときは、説明やら数字は期待されるほど受けとれないものです。それよりも「感覚」「ヴィジュアル」に訴えるほうが大切なのです。

たとえば、このポスターにしてもグラフや数字ばかりだったら興味をもたないけど、この不気味な煙突の写真が感覚をくすぐるのですよね。ですから、今起きてる危機に関する実際の映像やストーリをふんだんに取り入れ危機感をしっかりあおったすえに、数字を紹介するし解決策を提案する・・・、すると即座に私たちの潜在意識にその「感覚」が伝わることでしょう。

もっともっと「右脳(感覚・イメージ)タイプ」のプレゼンテーションがこれからの「伝わる」プレゼンテーションの主流になることでしょう。

「砂の器」

いったいいつの映画なのでしょうか? なんと30年前!!(えっ?生まれてない?) 10代の頃、私は原作のほうにはまって「青春の蹉跌」やら「ゼロの焦点」「点と線」など、松本清張三昧の日々をすごした思い出があります。ミステリーのおもしろさに加えて、心理描写がホント巧みなのですよね。今回、デジタルリマスター版ではじめて本編を観たのですが、 ・・・・よかったです。はじめのうちは、TVの「○○ミステリー劇場」となんら変らないチープな雰囲気にがっかり気味だったのですが、それがどんどんひきこまれること。それに俳優陣ときたら、今じゃすっかりあの世のイメージの丹波さんの味のある刑事役、加藤剛の冷酷なピアニスト。この田舎の警官って緒形拳っ?!あっ、それに渥美清さんも! 街並も、そうとうレトロです。かなり原作に忠実に作ってあるようで、映画になっていてもいい作品でした。涙壷度(泣ける度合い)は、★★★★☆。父子の愛情に泣いて下さい。

「私の中のあなた」

わずか11才の女の子が自分の権利を守るため両親を訴えます。なぜなら、この子は白血病の姉を救うため、遺伝子操作で生まれてきた妹、つまりドナー。「わたしはボディーパーツを提供するためにデザインされた」と弁護士を訪ねるのです。

でも、母は母として「娘を一人失うかもしれない」という絶望に直面しきれず、救うためなら手段をいとわない。というか、何が人を傷つけるのかわからない状態。また、ドナーのその娘は、「わたしはもう切り刻まれるのはごめんだ」という思いと「姉が病気じゃなかったら、わたしは生まれてこなかった」という事実に深く傷つきます。そして、白血病の長女は長女で、じつは両親に隠している本心、意図があり、それを達成したい。それをドナーの妹は知っているのです。母と姉妹の思いが交錯し・・・さてどうなる?

この物語を見る限り、キャメロン・ディアス演じる母親はエゴのかたまりのよう。でも、娘を救える可能性が少しでも残されていたら、母親として素直にその道を選ぶのかもしれません。それは、その立場に立ってみないとわからない。誰も裁くことができないのです。

上の娘の病がすすめばすすむほど、家族の関係はすさんでゆきます。結局のところ、それぞれの思惑をこえて、いくら母親がジタバタしようとも現実はなるようになってゆくのですが・・・。すべてのいさかいも愛するためであり、最後には現実を受け入れて純粋な愛へと昇華してゆきます。

わたしたちは、愛する人がどんな状態でも少しでも長く生きてくれることを願います。本人の意向とは関係なくチューブや器具につなぎとめ、ありとあらゆる投薬を施し、なんとか息だけでもさせ続けようと努力します・・・。でも、もしそれが本人の魂が決めた終わりのときであるなら、本人が決めて去って行くのを尊重してあげなければならないのですよね。生かしておこうと不自然な努力をするのは、結局失う悲しみからのエゴであったりします。

涙壷度:★★★★☆(かなり泣けます)

ドナー役の娘を演じているアビゲイル・ブレスリンはスゴイです。すごい存在感。同じく子役からスタートしたジョディ・フォスターを彷彿とさせます。アビゲイルもきっと同じようなカリスマのある女優さんになりそう。そういえば、ジョディとアビゲイルは「ニムズ アイランド(邦題、忘れた・・・)で共演していまたね〜。

「縞模様のパジャマの少年」

ブルーノ少年のたった一人のともだちは、いつも農場のフェンスの向こう。どんなときも縞模様のパジャマ姿で、とってもお腹をすかせているのです。

これはナチス時代、強制収容所所長の息子と、収容所のユダヤ人少年との金網ごしの友情物語。ブルーノ少年がいつも自室の窓からながめていたパジャマ姿で働く不思議な農場とは、まさに強制収容所だったのです。

こんな現実がホントにあった、そしてはるか昔に感じる一方、まだ数十年しかたっていないことに驚ろかされます。たった今だって、形をかえつつ人種の迫害は続いているのです。

「お友達には親切に」「人を傷つけるようなことはしてはいけません」・・・こんな基本的なことを幼少の頃に教わったはずなのに、小学生にさえ顔向けができないレベルの大人達。それでも、わたしたちはやっとこさ、急速なスピードで学びつつあるのを感じます。

もっとも「こうあって欲しくない」結末で終わるこのドラマ。強く感じるのは、自分がどこに身をおくかで「真実」が簡単に変わってしまう怖さ。ああ、今の自分の目線も、気がつかなくてもたくさんのフィルターにおおわれているのだろうな。

この男の子たちのようにお互いに「知り合って」しまったら友達になれる。友達をクズ扱いはしないでしょう。この世界にはもっともっとコミュニケーションが必要ですね。

少年たちがまた愛くるしくて、なおさら悲劇が胸につきささります。

涙壷度:★★★★☆ (最後、フリーズ状態・・・)

「記憶の棘」

輪廻をまったく信じないアナ(ニコール・キッドマン)の夫・ショーン。彼が心臓発作で突然世を去り、その十年後アナの前に姿を現すのです。たった10歳の少年として・・・。はじめはたんなるいたずらだと拒絶していたアナも、二人だけの秘密が次々明かされるたびに混乱してゆきます。

この映画が超常現象まがいのことを扱いながらもまったくシリアスさ、おどろおどろしさがないのは、音楽のせいでしょうか・・・?夫のショーンがバッタリ亡くなる場面にしろ、シリアスな場面でどこか人ごとであるようなあっけらかんとした音楽が流れているのです。そして、映像のトーンもどこか絵画的で、現実感がないのかもしれません。

しかし、かつて失ってしまった最愛の人と同名で、数々の共通の記憶を持ち、あつい眼差しでみつめられたとしたら・・・きっと、誰でも困惑することでしょう。このアナも、ようやく新しいパートナーを手にする寸前にもかかわらず、過去に舞い戻って行こうとします。

結末はナイショですが、紆余曲折があったからこそ大切なものに気づくこともあるのです。それも、「死」という純粋な意識を体験してこそ。「結局、いちばん愛していて心残りだったからこそ戻ってきた。もういちど、素直に愛したかった」・・・・本心は、ただそれにつきるのかもしれません。

涙壷度:★☆☆☆☆
あまり泣けはしませんが、「私だったらいったいどうする・・・・?」と考えさせられる一本でした。

あたまがよじれる?「ダイアナの選択」

みずみずしい花々に彩られた明るい画面からはじまるこの物語。それとは対照的に、主人公ダイアナ(ユマ・サーマン)の心はうつろです。過去にさまよい、恐怖、悲しみ、後悔、罪悪感の中に生きているのです。

それは、ダイアナの癒えぬトラウマ、学生時代に遭遇した学内銃乱射事件のせい。犯人に追いつめられ、ダイアナは自分が殺されるか、それとも親友か、という究極の選択を迫られます。

あれから15年、表向きには幸せな結婚をし、娘に恵まれ、自分のキャリアも築き・・・。しかし、今だに過去に生きる彼女の生活がうまくいくはずもありません。

・・・という、かなりヘビーなテーマです。でも、映像がつきぬけて明るいのでまだ救われますが。この映画は、最後の最後にあたまがねじれる感じがしましたよ〜。だって、(ネタバレになっちゃうので書けないのがストレスですが)「私が今まで観てきたストーリーは何だったのだ?!」ということになってしまうからです。

あの結末の解釈について監督に聞いてみたいところではありますが、それぞれがそれぞれに解釈をするというのがこのストーリーの醍醐味かもしれません。

(観てない方にはさっぱりわかりませんが)わたし流にはふたつの解釈。ひとつめは、ああ、あそこで親友とともにダイアナの「心」も死んだのだ、ということ。だから、その後の彼女の人生はぬけがらなのです。そしてもうひとつは、スピリチュアルな表現で言うパラレルワールド。この瞬間にすべてのありとあらゆる可能性が同時に存在していて、自分が意識的にも無意識的にも選べるというもの。だから、ダイアナの現実はどちらも存在していて、どちらも選択可能、さあ、どっちにしてみる?という(このハナシからは、どちらも針のムシロではありますが)。

ちょっとあたまがよじれてみたい方はどうぞご覧くださいませ。でも、テーマがヘビーなのでお元気なときに。デートには・・・う〜ん、あとでディスカッションで盛り上がりたいならいいかもしれません。

しかし、脚本はよくできているな〜と感心いたしましたよ。ぎゅ〜ん!と、よじれてくださいな♪(笑)

あっぱれ!「僕のピアノコンチェルト」

成海璃子演じる天才ピアノ少女の葛藤を描いた「神童」という映画がありましたが、これは「神童」スイス版。

ヴィート少年はわずか12歳にしてピアノの神童・・・であるばかりか、計りしれないほどのIQの高さを誇る天才。そして、起業家であり、パイロットであり、株式投資の影のドンというウラの顔も。もちろん、12歳でですよ。でも、これがまた、とてつもなくナマイキで・・・。

こういうストーリ−には、おじいちゃんがつきもの。自分自身でさえ持てあます特異な才能に翻弄される少年の心によりそい導く・・・いちばんの理解者。そして、とんでもない共謀者でもあるのです。この二人の悪だくみときたら痛快です。

ヴィート少年には、ほんものの神童テオ・ゲオルギューが扮しています。最後のピアノ・コンチェルトなどは舌を巻きますよ〜。

観終わったあと、あっぱれで、また心があたたかくなるおすすめの映画です。

満足度: ★★★★★
涙壷度: ★★★☆☆

あなたのなかの子供も目を覚ます

公開になったばかりの「アメリ」、最終回をねらって出かけたのにすでに立ち見。午前0時終映のレイトショーでようゃく席を確保。なるほど〜、今までにないフランス映画。空想好きだったアメリは、大人になってもその部分を失っていない。でも、ちょっぴり臆病なアメリの恋のゆくえは・・?アメリの隣人達もかなり個性的で笑えるし、ストーリー展開もテンポがいい。そして、おとぎ話のような映像と色調が印象的。

お昼寝態勢に入れなかったです、コレは

映画に関してはけっこう正直で、ちょっとでも退屈すると容赦なく寝入ってしまいます。最近ではドイツ映画「グッバイ レーニン」がおすすめ。「スパニッシュ・アパートメント」もなかなかでした。バルセロナでの7カ国の学生の共同生活をフランスからやってきた男の子の目線で語るユーモラスなお話。尼僧のような生活を送るイギリス人のウェンディ、ある日突然パパになっていたのを知らなかったデンマーク人のラース、なんでもちゃ〜んとしないと気がすまないドイツ人のトビアス、次から次へと気が多いフランス人のグザヴィエ・・・。そこはかとなくお国柄が現れてます。(ここに日本人がいたらいったいどういう人物にされていたのやら?)こんなアパートで起こるドキドキハラハラで笑える事件の数々。軽快なテンポで楽しませてくれる寝てるヒマもない作品です。

お茶の間シネマトーク

ポップでカラフル、おとぎ話のようにファンタジック・・・にもかかわらず、コワ〜イ、容赦ないストーリー展開。シビアです。過酷です。でも、この美しい映像だからこそ救われてるフシも。最後のオチにしても、ハッピーエインドなんだか悲惨なんだか・・・煙にまかれています。タイトルは「世界でいちばん不運で幸せなわたし」(チケット買うとき正しく言えるかな?)。刺激が欲しい方には、おすすめかも。でも、ああコワ。
さて、もう一本は「誰も知らない」。あのカンヌ映画祭で少年が主演男優賞をとった作品です。ポネットにロッタちゃん、クリクリにリアムなど、おこちゃまムービー全盛で、「子供さえ出しときゃ」的風潮に反発を感じておりました。で、この作品も「おんなじようなもんさ!」とタカをくくっていたのですが、ひょんなことから鑑賞のはこびに。カメラがすごく子供の目線によりそっていて、見てるまにその子と一体化してしまいます。「そうそう小さいときって、こんな細かいとこを見てたな〜。アスファルトの割れ目とか、たたみの目とか、手すりとか」そんな目線から巧みに心理描写をしているのですよね。淡々と撮っているところが、より現実味があってよかったです。

お茶の間シネマトーク 2005年総集編

本日、今年最後の一本を愛でてまいりました。タイに実在する古典楽器ラナート奏者の物語、「風の前奏曲」。インドネシアのガムランによく似た旋律で演奏される木琴は、素朴でありながら不思議な響きで聴く人をトランスに導くよう・・・。

さて、今年のわたし的お気に入り5作品の発表です!これは、あくまでも激しく私情に走った選考結果で、決して傑作・秀作ではありません(笑)。が、かなり味があります。(順不同)
●50回目のファースキス・・・たった一日しか記憶がもたない女の子と、彼女にアタックし続ける悲劇の男性の物語。この状況は、そうとうエネルギーを要します。でも、メゲません。切な&ハートフルラブストーリー。
●変身・・・けっこう玉木宏くんがお好み。こういうはかない男の子役がぴったりで、「恋愛小説」も大好きでした。ともに、かなり泣かされます。
●きみに読む物語・・・主人公たちの晩年の描写は「ちょっとぉ〜」ともの申したい感じですが、ラブストーリーとしてはロマンチックでひきこまれます。映像も美しい。
●ニューシネマパラダイス・・・もう、何回観たことか。トト少年の「アルフレードォォ!」といういたずらっぽい呼び声と、モリコーネのあの音楽だけで一気にウルウル。
●エリザベスタウン・・・人生の大失敗と父親の死という喪失からはじまる新しい人生と出会いの物語。しみじみ・・・。俳優さんたちもイイ!!

ああっ!予想したとおり、やっぱり5本ではおさまりません。あとは、「海を飛ぶ夢」「ラベンダーの咲く庭で」「ミリオンダラー ベイビー」・・・・etc。
今年も私のハートにたくさんの栄養を与えてくれた素敵な作品の数々に心から感謝です。

このご時世、心をくすぐる?「モンテ・クリスト伯」

おじさんが大行列、満席の映画館。でもR指定といういかがわしいものでもないんです。無学だけれども性格がよくて美しい恋人と成功を手に入れる青年。しかし、妬みをかって13年間も幽閉されたすえ、命からがら脱獄。手に入れた財宝で「モンテ・クリスト伯」として華麗に甦る。そして、自分を苦しめたものへの復讐を果たし恋人も取り戻す。文豪デュマの名作です。リストラの時代、オジサンに大きな勇気を与えているのでしょうかね?

ちょっぴりフランスの香りのする東洋、ベトナム

9年位前「青いパパイヤの香り」という映画があった。ベトナム生まれフランス育ちの監督の、みずみずしい色彩と静かだけれどインパクトのある映像が心に残る。新作「夏至」もその雰囲気は変わらず、さらに風や空気・湿度まで醸し出す。前回同様、出演の女優さんは監督夫人。日本女性の忘れてしまった、たおやかさ、おくゆかしさ、静かな強さにフランスっぽさもあわせもつ。ベトナムは不思議。

とっちゃん坊やずき? (--;)

トムおじちゃんとレオ坊の映画を観ました。トム・ハンクスは少年っぽさがウリだったのに、このところ急にマフィアやらFBI やらすっかり「おやっつぁん」路線。一方、ディカプリオくんはいつになってもソープオペラの息子がはまり役。トム・ハンクスには、かつての「 BIC 」のように、少年っぽくトシをとってもらいたかったのに。「 BIC 」は少年に魔法がかかっていきなり大人になって、オモチャ会社の社長になったり恋をするお話し。彼の童顔で無垢な感じが「ホントは子供の大人」にぴったりでした。

ひさびさの登場、シャーロット・ランプリング

まぼろし」という映画が上映中です。S・ランプリングの作品はリアルタイムで観たものはほとんどなくて「愛の嵐」とか「地獄に堕ちた勇者ども」などすべてビデオ。なんといってもあのグレーの瞳がミステリアスで、退廃と禁断の象徴でした。今はおいくつになったことやら。年を重ねて、カトリーヌ・ドヌーヴはお金と手間をかけた人工的な美術品のような感じがしてしまうけれど、彼女は時間の流れの中で抵抗なく自然に年を重ねた感じです

べつに「蜘蛛女」を目指しているわけではありません、あしからず

まだ観ていないギア様主演のビデオを借りてきました。相手役の女優さんは・・・レナ・オリン・・・?観てみてびっくり!ギア様じゃなっくって、レナ・オリンに!ここではすご〜くエレガントにしているけれど、間違いなくあの「蜘蛛女」だっ!その昔、ちょっと仲間内で流行ったかなりどぎついB級映画。このレナ・オリン扮する女マフィアのすごかったこと。警官を手玉にとるほど妖艶で、なおかつ想像を絶する凶暴さ。捕らえられて鎖でつながれても、自分の腕を切り捨ててまで平気で逃げきるあっぱれな根性。お子ちゃま好みの日本の男性にはとうてい受けそうもないけれど、私はこのレナ・オリンとか、女銀行強盗を演じたキム・ベイシンガーなんかカッコよくて大好き!

やさしい嘘

グルジア旅行のあとのグルジア映画。パリに新天地を求めて旅立った息子からの便りを、何よりもの楽しみに暮らすおばあちゃん。そんな息子の突然の訃報。どうしても真実を伝えることができない家族はおばあちゃんに嘘をつき、息子のかわりに手紙を書き続ける。何かを察知したおばあちゃんは、息子に会うためにパリに旅立つ・・・。相手を思うがゆえに娘や孫娘、それにおばあちゃんまでもがそれぞれ嘘をつくというお話。映画のなかでのたびたびの停電の場面。そうそう、あるんですよ。わたしも美術館に行ったとき、ちょうど停電で足止めをくってしまいましたっけ。それから、おばあちゃんが息子の友人に持たせるお土産、長細い棒のようなもの。これはブドウ果汁と小麦粉にくるみを加えて干したお菓子です。あと、おばあちゃんが幸福の木に願掛けに行く場面にも思い出あり。木にお願いごとをしてハンカチを結ぶのです。わたしもティッシュでやってみました。街の風景にも見覚えがあったり、食卓に並ぶお料理も知ってるメニュー。とっても遠いはずのグルジア映画はなつかくやさしい映画でした。

やっぱりチャーミングでなくっちゃ

老醜街道まっしぐらになるか、はたまた、いぶし銀やつやけし真珠の厳かな存在感をはなつのか。この分かれめは、いったいどこにあるのでしょうか?たとえば、節子・クロソフスカさん。彼女は、だんなさんであった画家のバルテュスが亡くなってから急にその生き方に注目が集まっていますが、60をこえていまだ可憐でありながら気品に満ちている、まさにつやけし真珠の女性です。男性だと、エド・ハリスとかクリント・イーストウッドとか。少し前に、C・イーストウッドが監督した「じいちゃん、宇宙へ行く」(正式な題名忘れました。笑)という老男性4人組が夢を叶えて宇宙飛行士になる映画がありました。このおじいちゃんたちが、まためちゃくちゃ色気があってチャーミングだったのですよね。いっぽう、’60年代はじめに活躍したフランスの某男優さんは、かつての超美男ぶりがあだになって、その栄光にすがりついていたせいか、今や変り果てた自分を安売りするような役柄ばかり。さて、今年のアカデミー賞に輝いた「ミリオンダラー・ベイビー」が封切りになりました。C・イーストウッドが、監督としても役者としてもまさに円熟のきわみ。いぶし銀ばりばりです。ほんと、すばらしいお歳の重ね方です。

インパクトたっぷりの2本

若かりし日のクリント イーストウッド、たしかにかっこいいです。でも、ほとんど興味のなかったわたしはつきあいで「ダーティ ハリー」」やもろもろ数本を観ましたっけ。渋好みの友人はたいそうご満悦でしたが、わたしにはさっぱり・・・。あれから数十年、「ミリオンダラー ベイビー」に続く、C イーストウッド自ら監督&主演をこなした作品「グラン・トリノ」。

「ミリオンダラー ベイビー」でイーストウッドおじちゃんのいぶし銀の光沢に多少はクラッときてはいましたが、今回はさらにイイです。偏屈オヤジのおとしまえのつけ方!これが、息をのむほどカッコよすぎ。

この作品を観ると、派手なハリウッド俳優というイメージではなく、ちゃ〜んと人生に真っ向からむきあって丁寧に生きてきたC イーストウッドの目線がにじみ出ています。いいトシのとり方をされてきたんだな〜というのがうかがえる作品。涙壷度は・・・★★★★☆(ガ〜ン!けっこうやられました)

さてさて、がっつりくるもう一本は、今年のアカデミー賞作品賞の「スラムドッグ ミリオネア」。マサラムービーはいつ観ても熱いです。そして、人情、ロマンス、バイオレンスにサスペンス・・・とてんこ盛り。

スラム育ちの無学の青年がなぜクイズショウに挑戦したのか、どうしてすべての問題に正解できたのか、イカサマ疑惑をかけられながらも果たして全問正解でミリオネアになれたのか?それは、見るも涙、語るも涙。はらはらドキドキわくわく・・・と見応え十分。

だいたい過酷なスラム育ちの男の子が、あそこまでま〜っすぐ成長できるものでしょうか?まさに彼はシビアな人生をひたむきに生きながら、全宇宙を味方につけてしまったような・・・。流れにのるって、こういうこと??

そして、「マサラムービー」ときたら、マイケル ジャクソンばりの群舞がお約束。まさかこのストーリーではないよね・・・?と思っていたら、キターッ!やっぱりやっちゃったのね。最後に、みんな踊りまくってます。まあ、最後のこれを観て、インド映画(実際は、イギリス製作)を観にきたんだな〜と実感します(笑)。涙壷度は・・・★★☆☆☆(涙よりも、手に汗にきりました!)

オレサマ流映画鑑賞「セントアンナの奇跡」

予告がはじまった頃、隣の空席にバッグを置くと、ものすごい勢いでオジサンがやってきてそのままドスッと坐った。無惨にもプレスされたわたしのカゴバック・・・(泣)。「ここいいですか?」とか、ひとこと欲しかったんですけど〜。

このオレサマオジサン、最初から印象がよくなかったので上映中もなにかと気になった。突然あくびをしたり、ぼりぼり頭を掻きむしったり、貧乏ゆすりをしたり、うなり声ともいえない声を発したり。退屈してるんだろうか・・・。

そのうち、グググ・・・ゴゴッ・・・。あらら、寝てしまったらしい。

けれど、さすがなのは「woman's breast(女性の胸)」というセリフが聞こえるやいなや、ピピっと反応して目を覚ました。オジサン、英語のリスニングが得意なのか?ラブシーンともなれば、「まったく寝てなんかいませんでした」という感じで、完璧に覚醒しておりました(笑)。なんか、こういうシーンを察知するセンサーでもついとるんやろか?

しかし、そのあとは再び深い眠りにおちてしまったようです。この映画は戦闘シーンがほとんどなので、オジサンのガ〜もグ〜もわたしはほとんど気にならなくなりましたが。

物語がいよいよクライマックスを迎えてこの長い物語のナゾが解けたとき、ぐらり!というかグワッ!と大きく揺れた。うわ〜っ!地震!?ついにきたか!

と思ったら、例のオジサンが身体を前後に揺らして号泣していたのです。あれ〜?グ〜とかガ〜とか、深い眠りじゃなかったの?(すごい変わり身の早さ!汗)

冒頭とラブシーンとクライマックスを堪能して深く感動したオジサンは、エンドロールが流れるやいなやさっさと姿を消しました。うむむ・・・なんというコンパクトな映画鑑賞の仕方。あっぱれ!

ちなみに、この映画はスパイク・リーの「セントアンナの奇跡」。実話をもとにした作品で、NYで郵便局員が起こしたナゾの殺人事件と押収された古美術品、そのナゾをひも解くと第二次世界大戦下のイタリアまでさかのぼるのです。160分ほどの長〜い作品なのですが、激しい戦闘シーンが多く、ほとんどドンパチしています。さすがに、年配の男性が多いです。

わたしはドンパチにはちと疲れましたが、クライマックスのシーンにいよいよ感動しようとしたらオジサンに気を取られ、なんか中途半端・・・。う〜ん、この作品について聞かれたら、たぶんオジサンの奇行しかおぼえてないな〜・・・。

涙壷度:★☆☆☆☆(ホントは、もっと高得点のはずですが、オジサン観察日記に忙しかった)

ジェラルドとオフェーリアの熱い休日

久しぶりに丸一日のお休みで〜す!  \(^ ^)/ 

すでに心に決めていたプランは、ジェラルドとオフェーリアという美男美女に会いに行くこと。ジェラルドは午前中、オフェーリアは午後ということでまとめて面倒みちゃいましょう♪

じつは、最近美術館とか映画のチケットをよくいただくのですが、なかなか時間がつくれずつぎつぎムダにしておりました。なので、きょうはここぞ!とばかりにまとめて使ってしまうわけです。まず、午前中に秋にぴったりのラブストーリー、ジェラルド・バトラー出演の「P.S. アイラヴュー」に酔い、午後は「エヴァレット・ミレイ展」でオフェーリアを堪能。

最近ノッてるジェラルド・バトラー。ジョディ・フォスターと共演した「NIm's Island」の二役もよかったけど、「P.S. アイラヴュー」の彼もロマンティックでステキです。

この話は、ケンカばっかりしているカップルのだんなさんが突然ガンで亡くなります。その後、立ち直れずにすさんでゆくおくさんのホーリーに、亡くなっただんなさんから次々とラブレターが届きはじめるのです。1年かけて送られてくる10通のラブレターに導かれながら、ようやく愛する人の死に直面し再生してゆく物語。

あの微笑んでいるだけでどっしりとした安心感と抱擁力を感じさせるジェラルド・バトラーならではの役どころでした。

さて、午後のオフェーリア。ロンドンのテートギャラリー以来の再会です。

じつは、この時代(ヴィクトリア朝)の絵画がわたしのいちばんのお気に入りです。エヴァレット・ミレイもその一人。こんなにまとめて観られるなんて夢のよう。

すばらしい緻密なタッチにヴィヴィッドな色彩。オフェーリアはやっぱり美しかったです!!そして、ミレーのこどもたち(8人もいたそうです)をモデルにしたお子ちゃまシリーズもすばらしくうるわしい。彼の高い美意識があふれだしています。ちなみに「オフェーリア」は、おくさまのエフィがモデルだそうです。この時代の女性の持つ独特な美しさが堪能できますよ〜♪ああ、幸せ!

ドラマにハマった私、「冬ソナ」?

寝不足ぎみです。そうなんです。ビデオ屋さんの半額クーポンで、この時とばかりに目一杯かりてきて友人と盛り上がってしまいました。それが30年も前のドラマ。時のスーパースター、ジュリーが三億円犯人を妖しい魅力いっぱいに演じています。ワキを固めるメンツがまたおかしい。若いはずなのにぜんぜんオバサンな樹木希林や、どこまでが演技かわからないほどジュリーに色っぽく迫る藤竜也、それから妙にハマってるオカマなヤクザの伊東四朗、それにあんなにダンディーなのにどうしちゃったの?というほどずっこけてるネンネコ姿の細川俊之、そしてどこにどう登場しようとももれなく看護婦さんコスチュームの篠ひろ子。あとは、岸部一徳やら尾崎清彦やら、みんなえらく若くって笑えます。一度も再放送されない今だにファンが多い幻のカルトドラマといわれているけれど、これはちょっと再放送できないでしょ〜(バタバタ死人が出るし、セリフもキワどいです)。スタッフも現在は大御所となっている蒼々たるメンバーで、視聴者を楽しませるよりも完全に自分たちのロマンで作ちゃった感じです。年代ものの雰囲気がまたおもしろい。ああ、ノンストップ17話・・・ぜ〜ぜ〜。この次はもうちょいロマンチックなドラマにハマりましょう。

フリーダ!すごく魅力的

メキシコの女流画家の映画「フリーダ」が上映されています。彼女は17才で交通事故に遭い、その後の人生はギブスに固められ40回にも及ぶ手術や足の切断という過酷な人生の中で自分の苦しみをキャンバスへぶつけて昇華してゆくのですが、ずいぶん前にも「フリーダ・カーロ」といタイトルの同じような映画があって、そちらのほうはかなり悲惨さに溢れておりました。観ているだけでフリーダの苦しみをしょいこんでつらくて仕方がなかったのですが、今回の作品はフリーダがすごく逞しくて輝いていて魅力的です。ちょい役でエドワード・ノートンがでていてハテ?と思ったのですが、フリーダ役のサルマ・ハエックとは私生活でのパートナーなのですね。人生のどの部分に焦点をあてるかによって、同じ人生でもまるっきり違ったものになってしまうものです。

ヘアスプレー

さて、立てつづけにもう一本!
柳原可奈子ちゃんも真っ青なパツパツの女の子、トレイシーが歌い踊りまくるミュージカルムービー。

トレイーはよくぞこの体型でダンスができる!と驚愕するほどのおデブちゃん。本来だったら「ビューティー・コロシアム」で「脂肪吸引して下さ〜い!」と涙を流して嘆願してそうですが、ところがどっこい。からだ全体から人生だいすき!オーラを発散しまくって、ふれあう人誰をも幸せにしてしまうミラクルパワーの持ち主。

だから、憧れの人気番組のダンスショーにはちゃっかり出演できてしまうし、ダンスのアイドル、超イケメンにも熱く想われてカップルになってしまうというラッキーガール。

この幸せオーラの秘密はなにか・・・。結局、その人の魅力って、太っているとか痩せているとか、顔がどうのということはさして関係ないと思うのです。それよりも、「決して自分を恥じず」「まわりをつねに味わい愛で」「人生を楽しみきる」。こんな人は誰が見ても美しく魅力的に見えてしまうのですね。美人の秘訣はじつは、エネルギーなのです。

トレイシーのお母さんもさらにメガ級の迫力体型なのですが、これがなんとジョン・トラボルタ。かつてのフィーバーの貴公子は、かなり妖しい形相になっておりました。けど、そこらのオバサマよりよっぽどチャーミング。これも、やっぱり人生を楽しみ愛でるオーラのなせるわざ。すっきり元気になりたいときに、オススメの映画です。

爆発度&ハッピー度:★★★★★
涙壷度:☆☆☆☆☆

PS 映画の帰りに神南でゴハン。三連休初日なのですね〜。かなりにぎわってレストランも超満員。でも、いつも雑踏をさけているわたしたちには逆にイイ刺激になりました。

ベジャールといえばドンちゃんね!

「ベジャール・バレエ・リュミエール」を観てきました。これはあの独特な振り付けで知られるモーリス・ベジャールが新作を作り上げてゆく6ヶ月もの過程をドキュメントしたもの。天才のインスピレーションはどんな風にやってくるのか、なかなかおもしろいでした。ベジャールといえば、80年代にあのカリスマダンサー、故ジョルジュ・ドンの踊る「ボレロ」で日本でも相当ブレイクしておりましたが。私は映画「愛と哀しみのボレロ」の中で彼の姿を初めてみたのですが、エッフェル塔の前の真っ赤なステージで踊る姿がものすごいインパクトでした。たしか、映画の中で彼はヌレエフをモデルにしたバレエダンサーで、その他グレン・ミラーやらカラヤンらしき人物も登場する第二次世界大戦にまつわるちょっとばかり重たいストーリーだったような。フィナーレのドンの踊るボレロの圧巻といったら!もう一度観たくなっちゃった!

ホントにそういう顔だったんだ〜

マンガ「ベルサイユのばら」にはずいぶんお世話になった。中学時代、フランス革命に関してはテスト勉強をした覚えがないもの。昨日観た映画「マリーアントワネットの首飾り」はアントワネットを断頭台に送る引き金になったといわれる2800カラットものダイヤの首飾りをめぐる事件について。登場人物がことごとくマンガとうりふたつで、あまりにも似てていちいち「おみごとっ!」と喜びたくなった。友人は宝塚とそっくり!と笑っていた。

ムービームービー

忙しくって映画を観るヒマがな〜い!と言いつつ、たまに観れば爆睡 (^^ゞ 最近のお気に入り作品といえば・・・まず「たまゆらの女」。チャン・イーモウ監督との破局以来、ドラマチックな映画にぱったり出演しなくなったコン・リー。この二人は別れてからお互いまったく違う路線をゆくようになったのをみると、パートナーの影響力のスゴさを感じます。まるで大地のような演技をする女優さんだった彼女が新監督と組んで、なんとも繊細でたおやかな美しい女性を演じています。そしてもう一本は、「アダプテーション」。あの「マルコヴィッチの穴」の脚本家が、自分と弟を主役にこの映画の脚本を書いているさなかに起こる出来事いろいろ。観ているうちに、現実なのか物語なのかさっぱりわからなくなりますよ〜。しかしこんな結末でいいの??(観てのお楽しみ)

一部、まんぞく「ラスト・サムライ」

ラスト・サムライ」を観てきました。「Karate Kid」の沖縄とか、「コンタクト」の北海道とか、「これって、いったいどこ?ちがうでしょ〜!」と、かなり笑えちゃう日本の描写が多いハリウッド映画の中で、今回のは日本製サムライムービーを観ているように違和感がありませんでしたね。でも、ちょっとウスイ。太刀まわりのド迫力だけで、人間ドラマがないのです。やっぱりサムライときたら、「桃太郎侍」とか「子連れ狼」(これって侍だった?)とか、人情の世界をコテコテに描いて泣かせてほしいものです。(かなり偏見が入っておりますが)そう考えると、日本の時代劇はワンパターンではあるものの、たった一時間で濃ゆいものがありますね〜。それに、トム・クルーズがこの場合、一人生き残っちゃうのもマズイでしょう。(日本人が制作したらこんな味けないエンディングにはならないかも・・・)なにはともあれ, Ken Watanabeのオーラはすごかった!トムくんを完全に食われてましたね〜。

上映後、みんな拍手でした「ベン・ハー」

渋谷東急文化会館閉館上映で「ベン・ハー」を観ました。コレ、なんと‘59という私が生まれる前の作品。しかし、戦車競争の場面なんて特撮なのかマジなのか(マジだったら人がいっぱい死んでいるハズ(‥;))よくわからないほどリアルで4時間近く画面に釘付。後ろ姿のキリストが息絶え絶えのベン・ハーに水を与えるシーンは、「存在するだけですべてを癒す」とはこういうことか!と、いたく感動。水だけでなく知らぬまに生きる希望まで与えてしまうのです。ベン・ハーが復讐心から解放されたときに、彼を悩ませていた家族の苦しみのすべてが合わせ鏡のようにきれいに癒されてゆくのも象徴的なシーンでした。

不思議な一本「言えない秘密」

音楽学校の一室で、ピアノの音色に導かれ運命的に出会う二人。惹かれあい、恋に落ち・・・しかし、ある日彼女はこつ然と姿を消すのです。なぜなら、「言えない秘密」があったから・・・。

なるほど〜、ラブストーリーにおきまりの「言えない秘密」。おそらくは不治の病やなんとやら・・・。あんのじょう、彼女はたしかに喘息もち。でもそんなこと、このストーリー展開からしたらたいした問題ではありません。

この映画がおもしろいのは、この「言えない秘密」があまりにも想像をこえていたことにもあるのですが、わたしはこの主役のジェイ・チョウという俳優さんに感服いたしました。初めて耳にするお名前でしたが、台湾ではかなりの人気だとか。

映画のなかで学友とピアノバトル(相手が弾いた曲を即興ですべて完璧にひきこなす)を演じるのですが、すごいピアノテクです。これはまったく代役なし。彼そのものの演奏なのです。じつは、この舞台になっている音楽学校は、かつてこのジェイ・チョウが学んだ音楽学校だとか。

もっと驚いたことは、このストーリーでキーになる美しい旋律のピアノ曲があるのですが、これも彼の作曲。さらに、さらに、この主演のみならず、監督、脚本、音楽もすべて彼が手がけているということ。まさに、このジェイ・チョウという青年が表現したかった彼独特の映像と音楽の世界を完璧に創りあげているのでしょう。舌を巻きましたよ〜。

話のテンポもよく、まったく何の予備知識もなく観に行ったにもかかわらずけっこう掘り出しものの一本でした。映画全編に流れる旋律も美しく、映像もあたたかみがあります。中国でもなく、香港でもなく、韓国でもなく、ましてや日本でもない、台湾映画の不思議なレトロさ。どこか、昔に見た風景のようでした。

涙壷度:★★☆☆☆(激しくではないけれど、「秘密」に泣かされました)

世界でいちばん不運で幸せなわたし

ポップでカラフル、おとぎ話のようにファンタジック・・・にもかかわらず、コワ〜イ、容赦ないストーリー展開。シビアです。過酷です。でも、この美しい映像だからこそ救われてるフシも。最後のオチにしても、ハッピーエインドなんだか悲惨なんだか・・・煙にまかれています。タイトルは「世界でいちばん不運で幸せなわたし」(チケット買うとき正しく言えるかな?)。刺激が欲しい方には、おすすめかも。でも、ああコワ。
さて、もう一本は「誰も知らない」。あのカンヌ映画祭で少年が主演男優賞をとった作品です。ポネットにロッタちゃん、クリクリにリアムなど、おこちゃまムービー全盛で、「子供さえ出しときゃ」的風潮に反発を感じておりました。で、この作品も「おんなじようなもんさ!」とタカをくくっていたのですが、ひょんなことから鑑賞のはこびに。カメラがすごく子供の目線によりそっていて、見てるまにその子と一体化してしまいます。「そうそう小さいときって、こんな細かいとこを見てたな〜。アスファルトの割れ目とか、たたみの目とか、手すりとか」そんな目線から巧みに心理描写をしているのですよね。淡々と撮っているところが、より現実味があってよかったです。

大富豪、貴族の生活、覗いてきました

ひさびさのジェイムス・アイヴォリーの彼らしい作品「金色の嘘」。手に汗握るSFにドップリならされた目には、なんとも新鮮、静かな満腹感がある。19世紀の貴族の生活が艶やかで優雅で、衣装の美しさやお城のデコレーション、美術品など贅を尽くしたオーソドックスな映画。J. アイヴォリー作品はたかちゃん的には、アンソニー・ホプキンスが老執事を哀愁たっぷりに演じた「日の名残り」、泣ける父娘愛を描いた「シャンヌのパリ、そしてアメリカ」がお気に入り。

心おきなくバカ笑いできる友人と行きましょう

予告を観たとき、「こんなの観る人いるのぉ」と呆れてしまった。しかし、次の瞬間には「ねぇ、あれ観よぉ!」と友人を誘っていた(笑)「少林サッカー」。少林寺拳法でサッカーをするチームのお話しなんだけど、なワケないでしょ、というぐらいのバカらしさ。ゴールに打ち込む剛速球でキーパーは丸裸とか、W杯でホンモノサッカー観た後だからこそ楽しめる。このハンカチが必要なほどの大笑いは、熱い夏にむかって抵抗力つくこと必至。

心のお洗濯にいかが?

学生時代の第二外国語は中国語。社会人になってはじめて旅をしたのは中国。そんなわけで、昔から中国映画も大好き。妙に共感を覚える。以前は、「いかにもあの西太后さまのお国だわね〜」と妙に納得するオドロオドロなストーリーが多かったが、最近は家族の絆もので泣かされっぱなし。今、上映中の「北京ヴァイオリン」もかなりのおススメ。その他、「山の郵便配達」「初恋のきた道」「この櫂に手をそえて」なんかは思いっきり泣いてハートが暖っかくなりたい時にどうぞ。ご鑑賞には厚手のタオルをご用意くださいまし。

悩殺ヒュー・グラント「ラブソングができるまで」

軽薄男をやらせたら右に出るものがいない最近のヒュー・グラント。「もう、俳優なんて飽き飽き!」と豪語していたわりには、あっさりラブコメディに登場。

80年代に人気を博した男性デュオの「POP」。これがまた、曲調といい歌い方といいコスチュームといい、「ワム」そのもの。いつもシニカルなあのヒュー・グラントがワムって歌って踊っちゃいます。その後、すっかり過去の人となってしまったディオの片割れアレックス(H・グラント)は、どさ回りの日々。クラブで歌ったり、遊園地で歌ったり。でも、その過剰なまでの腰振りダンス(途中でギックリ腰になるし)が、なんともあか抜けずイタイタしくさえあって、かなり笑えます。

そんな落ち目のアレックスが、部屋に植物の水やりにきた女の子とひょんなことからラブソングを作りつつ再生してゆくお話。

見どころといえば、やっぱりH・グラントの腰振りダンス。これにつきます(笑)。彼が劇中で作曲したラブソングは、どこか懐かしくって映画が終わる頃には思わず口ずさんでしまいそう。映画館をあとにしながら、腰振りダンスをしないようご注意を!!
涙壷度(どれだけ泣けるか):☆☆☆☆☆(ゼロ)    笑ってください!

情報があふれてる?知るべきことを知らない私たち

東京フィルメックスで「カンダハール」という作品を観た。女性ジャーナリストがアフガニスタンを旅する様子をイランの監督がロードムービーとしてカメラにおさめたもの。ジャーナリストの女性が女優さんのように美しいのでドキュメンタリーであることを忘れてしまう。ショッキングなのは、画面の向こうから松葉杖をついた男性達が真剣な目つきで中空を見つめながら、すごい勢いで押し寄せてくるシーン。バラシュートにひとつついた義足めがけて地雷で傷ついた人たちがむらがってくる。この作品は、来年2月一般公開もされる。

愛のかたち、いろいろ

暑〜いところに、お熱い映画を二本。

まずは、巨匠リチャード・アッテンボローの「あの日の指輪を待つきみへ」

ある日、ひとつの指輪がはるばる海をわたって老女(シャーリー・マクレーン)のところに届けられます。それは、50年も前に結婚を誓った恋人が戦死した地で見つけられたもの。

ここから、この老女の心の封印がとかれたように、癒されないまま葬られたひとつの恋ともういちど遭遇することになります。しかし、ほんとうは封印なんてされていなかったのです。50年間、彼女はその恋を胸に抱き続けてきたのでした。


そして、もう一本はわたしも好きなコロンビアのノーベル賞作家、ガルシア=マルケス原作の「コレラの時代の愛」。こちらの作品はコレラが流行った時代と、まるで熱病のような恋愛とを重ね合わせています。

一本目に負けていません、こちらの主人公のフロレンティーノは、ナントさきほどの50年を上回り、51年と9ヶ月と4日、愛する人をひたすら待ちつづけるのです。ついに愛する人のだんなさんが亡くなるや、かつての恋人の前に姿をあらわし求愛するフロレンティーノ。結果は、激い拒絶・・・。

人は、「さっさと気持ちを入れかえて新しい恋をさがしたら、51年と9ヶ月と4日はもっと穏やかだったろうに・・・」と言うかもしれません。でも、これが彼の「愛し方」そのものだったのでしょうね。
さて、この半世紀をこえる片思いのゆくえとは・・・。

わたしたちは、なんにしても心のなかでしっかり折りあいをつけないと前進することはできません。1時間で折り合いをつけちゃう人もいれば、50年といのもあり・・・。まさに、人生とは本人の「選択」そのものだな〜と感じます。フロレンティーノにとっての選択は、幸せであるかとか不幸であるか・・・ということをこえて、そこまでコテコテな恋愛の醍醐味を体験することに意義があったのでしょうね。

映画じたいがすでにLost in Translation

「ロスト・イン・トランスレーション」どうだった?と聞かれて、ふぅぅ〜む・・・というリアクションしかできませんでした。東京のイルミネーションや雑多な無国籍感が不思議でいいとか、はじめてやってきた外国人が戸惑う様子がうまく描写されているとか。ほんとにそう?私にしてみれば見慣れすぎてる新宿・渋谷はそのままだし、外国人からみるとこうなんだ〜という目新しい視線も感じられず、たんに寂しい異邦人男女が東京を徘徊している、だから何?という感じです(笑)。外国人の友人に聞いてみたら、やっぱり答えは私と同じ、「ん〜・・・よくわからん」でした。しかし、アカデミーとかゴールデングローブとかいっぱい獲っている作品ですよね。ソフィア・コッポラの前作、「バージン・スーサイズ」は醸し出す空気感が好きな映画でしたが。さてさて、批評家のみなさん、この二作目は何がどうよかったんす??

爆睡シネマシリーズ

この湿度がどよよんと重い季節。体も同様で、映画館で爆睡忘我の境地にはいってしまうこともしばしば・・・、というよりはイマイチな映画は素直に睡眠時間にとってかわってしまうのです(笑)。

その1 噂の「ダヴィンチ・コード」
原作は読まずに、TVや雑誌で特集されたダヴィンチの絵画の様々な謎に惹かれて観た一本。う〜〜ん、まず、キャスティングがどうなんでしょ?ハーヴァード大の教授としてトムハンクス?もうちょいインテリジェンスが感じられるお方のほうが信憑性があったのでは・・・。それに膨大な原作に忠実であろうとすればするほど、もうついていけな〜〜い!とっくに事件が解決できそうな場面が多々あり、わざわざひっぱってる感もいなめません。漫然とストーリーが続く3時間近い映画はシンドイです。ダヴィンチの謎に関するテレビ特番のほうがずっとおもしろかった次第です。

その2 「ナイロビの蜂」
レイチェル・ワイズが今年のアカデミー助演女優賞をとった作品です。妻が殺害された事件を追ううちに、妻の生き方と深い愛にたどりつくというストーリー。夫であるレイフ・ファインズが事件を追う姿と、過去の記憶をオーバーラップさせながらストーリが展開してゆくのですが、観ているはなからどんなことがあったのか読めてしまうので、さらなるエンディングを期待していたら何もなかった・・・という感じでありました。

その3「GOAL!」
メイキシコ生まれの青年サンチャゴが、一流のサッカー選手になってゆく・・・その途中に挫折あり、出会いあり、家族の死あり・・・・の、スポコンもの。ホンモノのジダンやベッカムも登場。しかし、サンチャゴがスカウトされてボールを蹴りはじめるまでがちょっとモタモタ。体調がいまいちだったせいもあり、隣の友人に肘でつつかれて起こされました(苦笑)。でも、パート2、3とあるようで、じつは楽しみにしています♪

*あくまでも、今のわたくしめの体力・気力・好みにあっていなかっただけであって、また違う機会にみたら痛く感動し、涙にむせんでしまうかもしれません。

秋からの新作に期待してます!

友人とも話していたのですが「今年の映画界は不作である」と。「何か映画観た?」とたずねられて、この映画好きの私がつい先週のことさえまったく思い出せない。「えっと、えっと・・・」と頭の引き出しのあちこちを探すこと十数秒。たしか何か観たな〜とさらに考えて、それでも何も出て来なくて、ついには「電車でどこに行ったんだっけ?」とまったく関係ないところから記憶の断片をたぐりよせる感じ。「そうだ!銀座だ!ベルトルッチのドリーマーズ!」。これだったら「先週、誰と会った?」と聞かれたほうがよっぽど簡単。そんななかで、お気に入りが一本が封切りに。「CODE46」。マイケル・ウィンターボトムの作品は、光がほんとに美しい。小説だったらそれは行間を読む、という感じなのかもしれませんが、役者さんの演技プラス、その光、空気感が観ている者の心の中にいろいろな感情を伝えてきます。特に「ひかりのまち」は好き。さて、新作に期待するのはやめてCちゃんにもらったDVD「ニモ」でも楽しみましょうかね〜♪

脱がせちゃダメよ

今年のアカデミー賞の「ビューティフルマインド」。主演のラッセル・クロウは連続受賞できなかった。観てて思った!変わりものの天才数学者、偏屈っぽい感じはよかった。しかし、一枚シャツをはいだら「き、き、きみはまぎれもなくグラディエーター!」その丸太のような二の腕は隠しきれない。精神病院がいきなり古代ローマのコロッセウムに急変しちゃう。学者はライオンとは戦わないぞ。それに、現役大学生にはちとムリがある?

若さのエキスを吸いつづけるアジャーニ嬢

この人の体内時計はいったいどうなっちゃっているのだろうと不思議です。久々の新作「アドルフ」でのイザベル・アジャーニ。若作りだったり無理に努力をしているという風でもなく、ふつ〜にそのまま10年前とまったく変わらないのです。マドンナとかカトリーヌ・ドヌーブ、日本では松坂慶子さんとか由美かおるさんなどなども相当びっくりものですが、それなりの努力とか細工のあとがうかがえるし、同年代とくらべたらかなりイイという程度でしょう。アジャーニの場合は、発するエネルギー自体がういういしいといいましょうか?かなり化物チックです。聞くところによると49才、そのうえ今回競演した20才年下(親子並み!)の俳優さんと熱愛中とか?やっぱり、ルールがないというか制限を超えちゃってるところがタダものではないポイントでしょうか?

飛び出すカールじいさん

久しぶりに3Dの映画を観ました。そう、この眼鏡がミソなのです。予告の途中、「ここからは眼鏡をかけてご覧ください」というテロップが出ると、客席から「おぉっ・・・!」というどよめきが。きれいなのです。映像が以前の3Dよりもずっと美しい!ちょうど、ジョニー・デップ主演の「アリス イン ワンダーランド」の予告で、きゃ〜、ジョニデプが画面から飛び出して目の前にいる〜!たまりまへん。ティム・バートン監督の映画で、それがまた妖しくって楽しそう。これ、来年の4月の封切りですって(わくわく・・・)。

さて、鑑賞しにきたのは「カールじいさんの空飛ぶ家」。

これは、テレビの予告でもおなじみ。「愛する妻が死にました」という老妻を亡くしたおじいちゃんが「妻との約束の旅」に出るお話。それも、家ごと、たくさんの風船をつけて。

じゃじゃ馬の女の子と出会い、ともに成長し、結婚し、子どもをなくしながらも苦楽をわかちあい愛しあってきたカールじいさん夫妻。ふつうだったら、それで一本の映画に仕上がりそうです。でも、ここまでたったの数分、それも予告で全部見せちゃっています。

その後、よぼよぼのカールじいさんはどうしたのか?愛する奥さんとのほのぼのしたくだりからは予想もできない、とんでもない冒険へと突入。なんとかカールじいさんを支えていた歩行器は、いつしかカールじいさんの必殺凶器と化します(ひえ〜、おそろしや・・・汗)。

人はいくつになってもチャレンジと冒険があれば、じつは老いないのかもしれません。「災いといえども、結局はおくりもの」、つねづねそう感じてはいますが、カールじいさんの場合も妻を亡くしたことから人生のまったく新しい次なる章へと突入したのでした。

およそ、あの予告のようなさめざめとした内容ではありません。しかし、ディズニーはなんでも主人公にしたてるのが上手。おじいちゃんもので1時間半もたせるのはスゴイ(笑)。

涙壷度:★★★★☆(この涙は、はじまって直後、つまり予告のところだけです)

PS こう言ってはなんですが、アニメのカールじいさんよりも、実写のジョニデプが飛び出してくるほうが興奮しましたわ(^。^;)。3Dではない劇場もあるようなのでご注意。ちなみに、わたしは六本木ヒルズでした。

魔女修行の物語デス

ふだん読み終わった本は、ほとんど処分してしまいます。手元に残るのは、何度も読み返したいわたしにとっての「よりすぐり」だけ。

梨木香歩さんの「西の魔女が死んだ」は、いつからか本棚の片隅にありました。これは、中学生のマイが、ふとしたことから学校に行かれなくなり、田舎暮らしをするおばあちゃんのところで過ごす一ヶ月の物語。「西の魔女」と呼ばれるおばあちゃんは、魔女修行と称して丁寧に暮らすこと、そしてなんでも自分で決めることをマイに教えてゆくのです。

「がばいばあちゃん」のように「おばあちゃんと孫」って、親子よりも少し力が抜けてて、経験から豊な教育ができるものですね。

映画化された「西の魔女が死んだ」を観ていると、デジャヴ体験。わたしがこの小説で読んだイメージがまったくそのままが映像としてそこにあって、すべてを知っている感覚でした。

残念だったのは、物語のあらすじをサラリサラリとなぞるだけになっていること。いつも寛容で、無条件の愛をふり注ぐおばあちゃんが、いちどだけマイに激しく怒ってしまう場面があるのです。映画の中ではその理由についての描写はほとんどなかったのですよね。

おばあちゃん役のサチ・パーカーは、あのシャーリー・マクレーンの娘さん。もともとは、シャーリーにまわってきた役だったとか。サチさんは、たしかまだ四十代。幼い日々を日本で過ごした彼女は、なんの違和感もなくステキなおばあちゃんになっていました。

ふざけて友人たちに「東の魔女」と呼ばれているわたしは、ふと夜中にクッキーを焼く性癖があるのですが、この「西の魔女」も夜中にふとクッキーを焼いておりましたよ♪

小説を読んでいないとわりと淡白に感じる映画かもしれません。でもエンドロールでは、すすり泣きがあちこちから聞こえてきました。

「何気ない日常をていねいに生きることこそが、魔法をもたらしてくれる」・・・そんなことを教えてくれるハートがあたたかくなる一本でした。

涙壷度:★★★☆☆ (ハンカチ必携!)

10分の人生も眠気にはかなわない

ごぶさただと中毒症状が出るんですよね〜。映画好きの私としては。で、時間がないにもかかわらず、とりあえず一本。でも、お疲れのときの長編シリアスものは深い眠り確実。これならよさそう!と選択したのが「10ミニッツオールダー 人生のメビウス」。これは7人の監督さんが10分の人生を描いたショートフィルムコンビネーション。10分ごとに違う刺激がきたら寝ることもできないでしょう。(まったく、ここまでして観なくちゃならないの?)しかし、大きな間違い。はじめの三作品はまるでサイレントもののように静かで、もちろんぐっすりお休み。でも、お気に入りのジム・ジャームッシュやヴィム・ヴェンダースあたりには突然覚醒。ちゃんと見逃さないのです。私のセンサーはやっぱり好きなものにしか反応しないようです。

15年したらまた再会いたしましょう

ビデオをうちで観ることはほとんどない私だが、もう一度観たい映画は数本ある。15,6年前の「ソフィーの選択」もそのひとつ。メリル・ストリープの哀しげな表情が青白い月明かりに浮かびあがって美しかった。TSUTAYAに勤める友人の恩恵で、今朝そのビデオがポストに投げ込まれていた。M・ストリープのポーランド語なまりの英語に感心したり、登場人物の精神分析をしたり。以前と見る視点がまるで違って、まったく新しい一本をみるよう。

80s の夕べ「愛と青春の旅立ち」

東急文化会館閉館上映でおもわず手が出たもう一本は、「愛と青春の旅立ち」。これは、`81にリアルタイムで観ているので、その時の自分の目線と今の自分の目線の違いにちょっと笑えます。隣の友人は今回はじめて観て、「たかちゃんは青春まっただ中で、きっとこんな気持ちで観たのだろう」と推測して笑っておりましたが。ハイ、そうなんです。こんな王子さまをまっていた頃もありました・・・(^_^;)タラ〜。ちょっとびっくりなのは、主演のリチャード・ギアのマッチョでギラギラなこと。彼はお年を召されるほどに美しくなってゆく方で、「プリティ・ウーマン」以降の白髪のギアさまの方がよっぽどステキ。