火曜日, 1月 30 2018

火曜日, 1月 30 2018

気づきの日記「イジワルな人に対処するには?」

Q: 職場にイジワルな上司がいて、ことあるごとにいやがらせをされます。収入にも影響してきます。なぜ自分ばっかり、と落ち込みます。

A: 社会と関わりをもっていると、どこにいても一人ぐらいはイジワルな人がいたりします。そんな人と毎日仕事をしなければならないとき、どう対処いたしましょうか?

まず、【相手の態度・言動を、個人的にうけとらない】ということ。

つまり、「私に対してなされている」と受けとらないことです。なぜなら、その人は「ただそういう人」だからです。そういう振る舞いをすることしかできないのです。

その人は相手が変わっても、場所が変わっても、ずっとそれをやり続けます。それこそがその人らしく振る舞っているということだからです。そこにたまたま出くわしてしまっているのです。

でも、私たちは誰でも無意識の罪悪感というものをもっているので、相手の機嫌が悪いと「ただこういう人なのだ」と受けとれず、自分に対して行われていると思ってしまます。そして、相手の態度のせいで「私がいけないのか?」と自分を責めて自信をなくしてしまう傾向があります。相手の問題をひきうけて、自分のこととして悩んでしまうのです。

自分のこととせずに、単に「この人はこういう人なのだ」と割り切ることが大切です。

なぜ、こういう人なのか? 理由はいろいろです。その人の生い立ちや(あまり安心感や自尊心を感じられずに育ったのかもしれません)、さまざまな体験や(劣等感や自己嫌悪があるのかもしれません)、トラウマや(この人こそ、いじめられていたのかもしれません)、私たちには計り知れないいろいろなことが組み合わさっているのでしょう。たしかなことは、自分のなかが混乱していて、自分自身のことを受け入れられない人以外、人をおとしめようとすることはないということです。

だから、いい人になってもらおうと期待するのも、改善させようと挑むのも無意味です。そのままそうさせておきましょう。まるでテレビや映画のなかのイジワルな人を見るように、客観的に、静かに、無反応で、ただ観察していましょう。

このような人は自分のイジワルによって相手がどれだけダメージを受けたか成果を感じたいので、逆に無反応を返されると拍子抜けすることでターゲットにならずにすむかもしれません。なので、ひょうひょうとしていることが大切です。

それから、【自分のアタマのなかでおしゃべりを延々と続けない】こと。

起こっている事実よりも、このアタマのなかのおしゃべりのほうがずっと有害です。

「なんで、この人はこんなことをするの?」「ひどい、なんで私ばっかり」「こんなことされたらお給料が減っちゃう」「そうしたら、ああなって、こうなって、そして・・・」と、相手に反応すると延々とアタマのなかのネガティブなおしゃべりが続き、実際に起こったこととは関係のないストーリーがでっちあげられてゆきます。

相手の態度よりも、それに「反応すること」によって「あたまのなかのおしゃべりがエキサイトしてゆくこと」の方がずっとコワイし自分を消耗させます。

アタマのなかでストーリーがどんどんでっちあげられ、まだ何ひとつ起きてもいないのに悲惨な自分にしたてあげます。もとをただせば、相手のイジワルな態度があっただけなのに、アタマのなかではとんでもなくみじめな未来の自分を見ていたりします。

このようなアタマのお喋りこそ、自分への虐待です。

アタマのなかで被害者チックなお喋りが延々とつづいているときには、それに気づきいて、ただ静かにながめてみましょう。するとおしゃべりは自然と止まり、静かになります。「気づくこと」と「アタマの勝手なおしゃべり」は両立しないのです。

このアタマのお喋りは、相手をしてあげなければあまり出てこなくなるのです。なので、気づいたときには早めに対処して、ストップさせてしまいましょう。

アタマのなかのお喋りを撃退したあと、イヤな感情だけが残っている場合があります。

その感情はこの出来事への反応として受けとられるので、さらにこの出来事が不吉に感じられてアタマのお喋りを助長したりします。

じつは、この出来事のせいで感じていると思っているこの感情は、実は出来事とは別ものなのです。

私たちは誰もが未解決の怖れや罪悪感を抑圧してためこんできました。そのため、「問題」のようなことが起こると抑圧していた感情が浮上してきて、その出来事と感情がドッキングしてしまいます。そして、その出来事でそのように感じていると勘違いし、「ホラ、こんなにイヤな感じがするからこれはひどいことに違いない」と被害者意識を強めてしまうのです。

でも、感情はただためこんでいたものが浮上してきているだけなので、上がってきたのをがっつりとつかまえて、お掃除するチャンスといたしましょう。

そのためには、その感情をムリになくそうとするのではなく、ただ感じるままに受け入れて感じてあげるだけでOKです。思考がくっついていなければ、感情はそのまま消滅してゆきます。たた受け入れてみましょう。

* 相手がどんな態度であろうと、相手に巻きこまれてしまうのではなく、ただ客観的に静かにながめて、自分の思考を助長しないようにします。こころのなかで沈黙を保ちましょう。

* 感情が残っていれば、それはただ感じて処理いたしましょう。

「この人、そうとう強烈なキャラだけど、ただこういう人なんだわ」とニュートラルに接することができるように練習をしてみてくださいね。

自分のなかが穏やかだと、どうしたらよいのかという次のステップも見えてきやすくなります。チャンスもキャッチしやすくなります。

また、穏やかで自分らしくあることで、きっとまわりの人も理解を示してくれるようになるかもしれません。 ( ・◡・ )

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

18-01-30 イジワルな人に対処するには?

Q: 職場にイジワルな上司がいて、ことあるごとにいやがらせをされます。収入にも影響してきます。なぜ自分ばっかり、と落ち込みます。

A: 社会と関わりをもっていると、どこにいても一人ぐらいはイジワルな人がいたりします。そんな人と毎日仕事をしなければならないとき、どう対処いたしましょうか?

まず、【相手の態度・言動を、個人的にうけとらない】ということ。

つまり、「私に対してなされている」と受けとらないことです。なぜなら、その人は「ただそういう人」だからです。そういう振る舞いをすることしかできないのです。

その人は相手が変わっても、場所が変わっても、ずっとそれをやり続けます。それこそがその人らしく振る舞っているということだからです。そこにたまたま出くわしてしまっているのです。

でも、私たちは誰でも無意識の罪悪感というものをもっているので、相手の機嫌が悪いと「ただこういう人なのだ」と受けとれず、自分に対して行われていると思ってしまます。そして、相手の態度のせいで「私がいけないのか?」と自分を責めて自信をなくしてしまう傾向があります。相手の問題をひきうけて、自分のこととして悩んでしまうのです。

自分のこととせずに、単に「この人はこういう人なのだ」と割り切ることが大切です。

なぜ、こういう人なのか? 理由はいろいろです。その人の生い立ちや(あまり安心感や自尊心を感じられずに育ったのかもしれません)、さまざまな体験や(劣等感や自己嫌悪があるのかもしれません)、トラウマや(この人こそ、いじめられていたのかもしれません)、私たちには計り知れないいろいろなことが組み合わさっているのでしょう。たしかなことは、自分のなかが混乱していて、自分自身のことを受け入れられない人以外、人をおとしめようとすることはないということです。

だから、いい人になってもらおうと期待するのも、改善させようと挑むのも無意味です。そのままそうさせておきましょう。まるでテレビや映画のなかのイジワルな人を見るように、客観的に、静かに、無反応で、ただ観察していましょう。

このような人は自分のイジワルによって相手がどれだけダメージを受けたか成果を感じたいので、逆に無反応を返されると拍子抜けすることでターゲットにならずにすむかもしれません。なので、ひょうひょうとしていることが大切です。

それから、【自分のアタマのなかでおしゃべりを延々と続けない】こと。

起こっている事実よりも、このアタマのなかのおしゃべりのほうがずっと有害です。

「なんで、この人はこんなことをするの?」「ひどい、なんで私ばっかり」「こんなことされたらお給料が減っちゃう」「そうしたら、ああなって、こうなって、そして・・・」と、相手に反応すると延々とアタマのなかのネガティブなおしゃべりが続き、実際に起こったこととは関係のないストーリーがでっちあげられてゆきます。

相手の態度よりも、それに「反応すること」によって「あたまのなかのおしゃべりがエキサイトしてゆくこと」の方がずっとコワイし自分を消耗させます。

アタマのなかでストーリーがどんどんでっちあげられ、まだ何ひとつ起きてもいないのに悲惨な自分にしたてあげます。もとをただせば、相手のイジワルな態度があっただけなのに、アタマのなかではとんでもなくみじめな未来の自分を見ていたりします。

このようなアタマのお喋りこそ、自分への虐待です。

アタマのなかで被害者チックなお喋りが延々とつづいているときには、それに気づきいて、ただ静かにながめてみましょう。するとおしゃべりは自然と止まり、静かになります。「気づくこと」と「アタマの勝手なおしゃべり」は両立しないのです。

このアタマのお喋りは、相手をしてあげなければあまり出てこなくなるのです。なので、気づいたときには早めに対処して、ストップさせてしまいましょう。

アタマのなかのお喋りを撃退したあと、イヤな感情だけが残っている場合があります。

その感情はこの出来事への反応として受けとられるので、さらにこの出来事が不吉に感じられてアタマのお喋りを助長したりします。

じつは、この出来事のせいで感じていると思っているこの感情は、実は出来事とは別ものなのです。

私たちは誰もが未解決の怖れや罪悪感を抑圧してためこんできました。そのため、「問題」のようなことが起こると抑圧していた感情が浮上してきて、その出来事と感情がドッキングしてしまいます。そして、その出来事でそのように感じていると勘違いし、「ホラ、こんなにイヤな感じがするからこれはひどいことに違いない」と被害者意識を強めてしまうのです。

でも、感情はただためこんでいたものが浮上してきているだけなので、上がってきたのをがっつりとつかまえて、お掃除するチャンスといたしましょう。

そのためには、その感情をムリになくそうとするのではなく、ただ感じるままに受け入れて感じてあげるだけでOKです。思考がくっついていなければ、感情はそのまま消滅してゆきます。たた受け入れてみましょう。

* 相手がどんな態度であろうと、相手に巻きこまれてしまうのではなく、ただ客観的に静かにながめて、自分の思考を助長しないようにします。こころのなかで沈黙を保ちましょう。

* 感情が残っていれば、それはただ感じて処理いたしましょう。

「この人、そうとう強烈なキャラだけど、ただこういう人なんだわ」とニュートラルに接することができるように練習をしてみてくださいね。

自分のなかが穏やかだと、どうしたらよいのかという次のステップも見えてきやすくなります。チャンスもキャッチしやすくなります。

また、穏やかで自分らしくあることで、きっとまわりの人も理解を示してくれるようになるかもしれません。 ( ・◡・ )

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング