土曜日, 5月 26 2018

土曜日, 5月 26 2018

気づきの日記「下水管から金のパイプへ」

最近お気にいりの芸人さんに、くっきーさんという人がいます。

白塗り芸、いまや大人気ですよね。わたしは、シリーズになっていた「絵描きうた大好き邦彦おじさん」がおもしろくってハマっていました。

え〜!と度肝をぬくような発想で、シュールでちょとコワイけれど、アーティスティックで、その根底にはいつも愛を感じるのです(芸というよりも、もう全体がアートになっているのですが)。

私のお友だちもくっきーさんが好きで、たびたびその話題で盛り上がっています。

先日、くっきーさんが江原啓之さんと一緒に番組に出ていたときに言われていたことは、「あなたはインスピレーションが強いし、サイキックなのね」と。だから、どんどんアイデアが浮かんでくるし、これからはもっと人々に受け入れられるようになるだろう的なコメントをもらっていました。

それを聞いて、「なるほど〜・・・そうか」 とうなってしまいました。

なぜかというと、以前、くっきーさんはどこかの番組で「自分は生まれてすぐに下水に捨てられたので、お母さんはいちばん大きなパイプだ」と冗談を言っていたのです。すごい発想ですね〜(汗)。橋の下というのは定番ですが、下水に捨てられ、お母さんがいちばん大きな土管とは(笑)。

そっか〜・・・ってみょうに納得したわけは(冗談話にしても)、いちばん大きなパイプをお母さんだと思っていたってことは、この方は最初から自分の本性がパイプだと知っていた(?) ってことかと。

どういうことか ・・・ というと、私たちは「パイプのように存在すると生きやすい」と思っているからです。

それは、どんな想い、どんな感情、どんな体験がやってこようとも、じゃんじゃん自分のなかを通過させてあげるだけであり、まったくせき止めることも(抵抗することも)、流れを変えようとすることも(コントロールしようとすることも)、不平不満を言うことも(価値判断することも)ありません。ただ、無抵抗に自分のなかを通過させてゆくだけです。

そうすることによって、ただの土管だと思っていた自分自身が徐々にお掃除されて、浄化されて ・・・ ただの土管だと思っていたけれど、「あれ? きれいになってる! 私って、金色の光り輝くパイプだったの?!」と、自分で自分にびっくりします。

ついに「自分の本性に気がついてしまったなら」ば、こんどは汚水にかわって、美しい光という恩恵やインスピレーションション、安らぎ、喜び、愛がじゃんじゃん流れこんでくるようになるのです。

そして、それを他の人たちへと流して広げてゆく作業をすればするほど、さらにパイプは太く、美しくなってゆく、というわけです。

そんなパイプのイメージがあったので、江原さんんがくっきーさんのことをインスピレーションがある、サイキックなところがあるとコメントしたのを、「なるほど〜! やっぱりパイプだと自覚していたからか」と納得するにいたったわけです(笑)。

私たちは自分のところにやってくるものに対して(体験にしろ、考えにしろ、感情にしろ)、「なんでこんなことばかりが起こるんだろ〜!(驚愕)」とか、「どうしてこんなヒドい考えをもってしまうんだろう(後悔)」とか、「こんな最悪な気持ちばかりでうんさり(嫌悪)」と抵抗し、それをどうにもできない自分を責めてしまうときがあります。

でも、ご心配なく!

みんな誰でも、こころの深いところには同じようなものをしっかりともっています。

しかし、今回の人生でお片づけをしないと決めている人は、それをチラリと目にすることもないかもしれません。でも、存在しないわけではないのです。顔をだしていないだけのこと。

もし、じゃんじゃんそういうものに出くわしてしまうとしたら ・・・ 「ああ、私はもう隠さずにこれらを終わりにしよと決めているんだ」「自分のパイプのなかを無抵抗に通して流してあげることで、もうほんとうに捨て去ろうとしているのだ」「ほんとうの自分を取り戻そうとしているのだ!」と思い出しましょう。

果敢にも、自分のパイプのなかをただ通してあげる許可をだしたのです。永遠に終わりにするために。ぴかぴかのパイプである自分を思い出すために。

そんなときには、体験であれ、考えであれ、感情であれ、自分のなかをただ行かせることによって、十分に感じきって(受けとめて)みます。

そして、十分受けとめたあとには、いったん自分が後ろに退いてみて、パイプがただそこで輝いているのを感じてみてください。自分がどいてみると、そこに安らぎ、喜び、あたたかさ、楽しさ、これで大丈夫という感覚 ・・・ が自然とあらわれます。

ちょっとでもヨイ感じをキャッチしたら、それを大切にして、しっかりと注意を注いで、受けとめてあじわってみましょう。自分のなかいっぱいに、広げてみましょう。

そしてさらに、自分とつながりのある人へと(大好きな人も、そうでない人も)、その光を広げて包みこんでしまいましょう。

光はわかちあうことで、どんどん大きく強く、いきいきとしてきます。そのともに光輝く感覚をしっかりとうけとめます。楽しみます。

もしも、何かを教えられたような気がしたら、ひらめきがあったのなら、それを行動に移してみてもいいかもしれません。行動はつねに、この感覚から起こされるものなので、この感覚とともに動くときにはいつでもびっくりするようなことが起こることがあります。

それはきっと、自分のこころのなかにあった天からのギフトにあらためて気づくことであり、その輝きを外に映し出だしてめにすることができるのだと思います。

そんなインスピレーションに従っていたら、くっきーさんのように奇才になっちゃうかもしれません♪(笑)

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

18-05-26 下水管から金のパイプへ

最近お気にいりの芸人さんに、くっきーさんという人がいます。

白塗り芸、いまや大人気ですよね。わたしは、シリーズになっていた「絵描きうた大好き邦彦おじさん」がおもしろくってハマっていました。

え〜!と度肝をぬくような発想で、シュールでちょとコワイけれど、アーティスティックで、その根底にはいつも愛を感じるのです(芸というよりも、もう全体がアートになっているのですが)。

私のお友だちもくっきーさんが好きで、たびたびその話題で盛り上がっています。

先日、くっきーさんが江原啓之さんと一緒に番組に出ていたときに言われていたことは、「あなたはインスピレーションが強いし、サイキックなのね」と。だから、どんどんアイデアが浮かんでくるし、これからはもっと人々に受け入れられるようになるだろう的なコメントをもらっていました。

それを聞いて、「なるほど〜・・・そうか」 とうなってしまいました。

なぜかというと、以前、くっきーさんはどこかの番組で「自分は生まれてすぐに下水に捨てられたので、お母さんはいちばん大きなパイプだ」と冗談を言っていたのです。すごい発想ですね〜(汗)。橋の下というのは定番ですが、下水に捨てられ、お母さんがいちばん大きな土管とは(笑)。

そっか〜・・・ってみょうに納得したわけは(冗談話にしても)、いちばん大きなパイプをお母さんだと思っていたってことは、この方は最初から自分の本性がパイプだと知っていた(?) ってことかと。

どういうことか ・・・ というと、私たちは「パイプのように存在すると生きやすい」と思っているからです。

それは、どんな想い、どんな感情、どんな体験がやってこようとも、じゃんじゃん自分のなかを通過させてあげるだけであり、まったくせき止めることも(抵抗することも)、流れを変えようとすることも(コントロールしようとすることも)、不平不満を言うことも(価値判断することも)ありません。ただ、無抵抗に自分のなかを通過させてゆくだけです。

そうすることによって、ただの土管だと思っていた自分自身が徐々にお掃除されて、浄化されて ・・・ ただの土管だと思っていたけれど、「あれ? きれいになってる! 私って、金色の光り輝くパイプだったの?!」と、自分で自分にびっくりします。

ついに「自分の本性に気がついてしまったなら」ば、こんどは汚水にかわって、美しい光という恩恵やインスピレーションション、安らぎ、喜び、愛がじゃんじゃん流れこんでくるようになるのです。

そして、それを他の人たちへと流して広げてゆく作業をすればするほど、さらにパイプは太く、美しくなってゆく、というわけです。

そんなパイプのイメージがあったので、江原さんんがくっきーさんのことをインスピレーションがある、サイキックなところがあるとコメントしたのを、「なるほど〜! やっぱりパイプだと自覚していたからか」と納得するにいたったわけです(笑)。

私たちは自分のところにやってくるものに対して(体験にしろ、考えにしろ、感情にしろ)、「なんでこんなことばかりが起こるんだろ〜!(驚愕)」とか、「どうしてこんなヒドい考えをもってしまうんだろう(後悔)」とか、「こんな最悪な気持ちばかりでうんさり(嫌悪)」と抵抗し、それをどうにもできない自分を責めてしまうときがあります。

でも、ご心配なく!

みんな誰でも、こころの深いところには同じようなものをしっかりともっています。

しかし、今回の人生でお片づけをしないと決めている人は、それをチラリと目にすることもないかもしれません。でも、存在しないわけではないのです。顔をだしていないだけのこと。

もし、じゃんじゃんそういうものに出くわしてしまうとしたら ・・・ 「ああ、私はもう隠さずにこれらを終わりにしよと決めているんだ」「自分のパイプのなかを無抵抗に通して流してあげることで、もうほんとうに捨て去ろうとしているのだ」「ほんとうの自分を取り戻そうとしているのだ!」と思い出しましょう。

果敢にも、自分のパイプのなかをただ通してあげる許可をだしたのです。永遠に終わりにするために。ぴかぴかのパイプである自分を思い出すために。

そんなときには、体験であれ、考えであれ、感情であれ、自分のなかをただ行かせることによって、十分に感じきって(受けとめて)みます。

そして、十分受けとめたあとには、いったん自分が後ろに退いてみて、パイプがただそこで輝いているのを感じてみてください。自分がどいてみると、そこに安らぎ、喜び、あたたかさ、楽しさ、これで大丈夫という感覚 ・・・ が自然とあらわれます。

ちょっとでもヨイ感じをキャッチしたら、それを大切にして、しっかりと注意を注いで、受けとめてあじわってみましょう。自分のなかいっぱいに、広げてみましょう。

そしてさらに、自分とつながりのある人へと(大好きな人も、そうでない人も)、その光を広げて包みこんでしまいましょう。

光はわかちあうことで、どんどん大きく強く、いきいきとしてきます。そのともに光輝く感覚をしっかりとうけとめます。楽しみます。

もしも、何かを教えられたような気がしたら、ひらめきがあったのなら、それを行動に移してみてもいいかもしれません。行動はつねに、この感覚から起こされるものなので、この感覚とともに動くときにはいつでもびっくりするようなことが起こることがあります。

それはきっと、自分のこころのなかにあった天からのギフトにあらためて気づくことであり、その輝きを外に映し出だしてめにすることができるのだと思います。

そんなインスピレーションに従っていたら、くっきーさんのように奇才になっちゃうかもしれません♪(笑)

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング