水曜日, 11月 20 2019

水曜日, 11月 20 2019

気づきの日記「別れについてのモヤモヤな感情」

Q: 別れてしまった人(亡くなってしまった人)とのあいだで、いまだにモヤモヤした感情を感じています。それがこころから離れません。

A: すでに別れてしまった方(亡くなってしまった方)に対して、「関係において失敗したかも?」「ちゃんと気持ちを伝えられなかった」「まだするべきことがあったのでは?」「あれでよかったのか?」、あるいは「こうして欲しかった」など、疑いや、後悔、不完全燃焼な想いや要求は多くの方が経験しているようです。

もう会えない(会わない)相手であれば、その想いを修復できないように感じてしまいます。

私たちが見ている状況も感じている気持ちも、自分自身の個人的なものです。それは、自分独自の「ものの見方」であり「解釈」であり、その結果として感情を感じています。

そしてそれは、自分が見たいようにそのものごとを見て、感じたいようにそれを感じているということでもあります。意識していようがいまいが、私たちは自分が好むようにしか見方も感じ方も選ぶことができません。それが事実です。

自分のこころのなかでは、こっそりと、あるいは公然と、そのものの見方を大切にしているので、そのとおりに見ることになります。

ということは、今目にしている状況、感じている気持ちも、「私はそのように見るのだ」とあらかじめ決めて、そのとおりに見た自分個人の結果ということになります。

私たちは相手との関係においてこそ、この想いや感情が湧いてきているのだと信じていますが、そうではないということなのです。

別れに関する「十分でない」「失敗している」「不満足」「後悔」は、その想いをこころに抱いていたので、そのとおりに目のまえの出来事にあてはめたということにすぎません。

それがそこに見出したい意味だった、というわけです。だから実際、その出来事が十分でなかったり、失敗してたわけではありません。

結局、自分のお好み、おなじみのストーリーをそこにかぶせて、おなじみの色に染めることに成功したのです。

こころは無意識のうちに「怖れ」のパターンに基づいて解釈するので、何に対しても「不満足感」を感じます。ほぼ素直に満足することはありません。

いろいろな場面に遭遇するたびに、そのおなじみの感情が浮上してきて、その出来事のうえに上書きして、不足感していたという意味にかえてしまいます。

そうすることで、あたかもその出来事がこの気持ちを感じさせているように錯覚を起こします。その結果、ダイレクトにこの感情を手放さずにすみ、まだ同じことをやっていられるからです。

これは、いつまでもイヤな気持ちを温存しようと企むエゴの戦略そのものなのです。

そうとわかれば、「十分でなかった」と感じているときに、そこにある出来事はさておき、ただその想いと気持ちだけにしっかりと向き合う必要があります。

私たちがやってしまうのは、出来事と不満足感をくっつけて罪悪感をふやしてしまうことです。「〜さんに申し訳なかった」とか、「ああするべきだった」とか、そこから後悔、罪悪感のストーリーをさらに展開してしまうのです(これをするとややこしくなり、どこでどう解決していいのかわからなくなります)。

そこにある想いに気づくとともに、その感情さえ片づけてしまうと、目にすることに対して「あるがまま」に受け入れることができるようになります。「ああだ、こうだ」のごちゃごちゃした想いや感情がないからです。

しかし、私たちは目のまえの出来事によってこの感情がそこから生み出されていると勘違いしてしまうことで、的がずれてしまい、解決ができなくなります。

覚えておかなければならないのは、そういう感情は、じつはずっとまえからそれは無意識のなかに溜めこまれていて、それが今こころの表面に浮上してきたということです。

このイヤな感情のための理由がほしかったエゴは、「このせいだよ!ここで失敗したんだよ!」と言い張って、それを目のまえの出来事と結びつけたにすぎなかったのです。

解決のためには、出来事はおいといて・・・

感情は、ただ感情として受けいれて感じきります。

想い(十分でない、失敗した・・・etc)は、高い自己であるハイヤーセルフに渡して廃棄してもらいましょう。

そして、「私は間違った自己イメージを大切に守ってきたけれど、それは私のしたいことではありませんでした。私が間違っていました。ほんとうの自分、源の愛に支えられている自分、完全さを見ることができる自分を受け入れさせてください」と、ハイヤーセルフに正しい自分を感じさせてほしいと自発的にお願いしましょう。

たんに間違った自己イメージをもっていたために、失敗感に襲われていただけでした。自分の間違った想いを正すことで、同じことを目にしても、違った見え方となることでしょう。

ハイヤーセルフがあなたの完全さのなかから、正しいものの見方と、それが導く正しい感情を教えてくれるでしょう。

間違った思いや感情をを握りしめるのはやめて(幸い、この出来事が間違った想いをあぶりだしてくれました)、ハイヤーセルフに自分の本当の想いを取り戻してもらいましょう。

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

19-11-20 別れについてのモヤモヤな感情

Q: 別れてしまった人(亡くなってしまった人)とのあいだで、いまだにモヤモヤした感情を感じています。それがこころから離れません。

A: すでに別れてしまった方(亡くなってしまった方)に対して、「関係において失敗したかも?」「ちゃんと気持ちを伝えられなかった」「まだするべきことがあったのでは?」「あれでよかったのか?」、あるいは「こうして欲しかった」など、疑いや、後悔、不完全燃焼な想いや要求は多くの方が経験しているようです。

もう会えない(会わない)相手であれば、その想いを修復できないように感じてしまいます。

私たちが見ている状況も感じている気持ちも、自分自身の個人的なものです。それは、自分独自の「ものの見方」であり「解釈」であり、その結果として感情を感じています。

そしてそれは、自分が見たいようにそのものごとを見て、感じたいようにそれを感じているということでもあります。意識していようがいまいが、私たちは自分が好むようにしか見方も感じ方も選ぶことができません。それが事実です。

自分のこころのなかでは、こっそりと、あるいは公然と、そのものの見方を大切にしているので、そのとおりに見ることになります。

ということは、今目にしている状況、感じている気持ちも、「私はそのように見るのだ」とあらかじめ決めて、そのとおりに見た自分個人の結果ということになります。

私たちは相手との関係においてこそ、この想いや感情が湧いてきているのだと信じていますが、そうではないということなのです。

別れに関する「十分でない」「失敗している」「不満足」「後悔」は、その想いをこころに抱いていたので、そのとおりに目のまえの出来事にあてはめたということにすぎません。

それがそこに見出したい意味だった、というわけです。だから実際、その出来事が十分でなかったり、失敗してたわけではありません。

結局、自分のお好み、おなじみのストーリーをそこにかぶせて、おなじみの色に染めることに成功したのです。

こころは無意識のうちに「怖れ」のパターンに基づいて解釈するので、何に対しても「不満足感」を感じます。ほぼ素直に満足することはありません。

いろいろな場面に遭遇するたびに、そのおなじみの感情が浮上してきて、その出来事のうえに上書きして、不足感していたという意味にかえてしまいます。

そうすることで、あたかもその出来事がこの気持ちを感じさせているように錯覚を起こします。その結果、ダイレクトにこの感情を手放さずにすみ、まだ同じことをやっていられるからです。

これは、いつまでもイヤな気持ちを温存しようと企むエゴの戦略そのものなのです。

そうとわかれば、「十分でなかった」と感じているときに、そこにある出来事はさておき、ただその想いと気持ちだけにしっかりと向き合う必要があります。

私たちがやってしまうのは、出来事と不満足感をくっつけて罪悪感をふやしてしまうことです。「〜さんに申し訳なかった」とか、「ああするべきだった」とか、そこから後悔、罪悪感のストーリーをさらに展開してしまうのです(これをするとややこしくなり、どこでどう解決していいのかわからなくなります)。

そこにある想いに気づくとともに、その感情さえ片づけてしまうと、目にすることに対して「あるがまま」に受け入れることができるようになります。「ああだ、こうだ」のごちゃごちゃした想いや感情がないからです。

しかし、私たちは目のまえの出来事によってこの感情がそこから生み出されていると勘違いしてしまうことで、的がずれてしまい、解決ができなくなります。

覚えておかなければならないのは、そういう感情は、じつはずっとまえからそれは無意識のなかに溜めこまれていて、それが今こころの表面に浮上してきたということです。

このイヤな感情のための理由がほしかったエゴは、「このせいだよ!ここで失敗したんだよ!」と言い張って、それを目のまえの出来事と結びつけたにすぎなかったのです。

解決のためには、出来事はおいといて・・・

感情は、ただ感情として受けいれて感じきります。

想い(十分でない、失敗した・・・etc)は、高い自己であるハイヤーセルフに渡して廃棄してもらいましょう。

そして、「私は間違った自己イメージを大切に守ってきたけれど、それは私のしたいことではありませんでした。私が間違っていました。ほんとうの自分、源の愛に支えられている自分、完全さを見ることができる自分を受け入れさせてください」と、ハイヤーセルフに正しい自分を感じさせてほしいと自発的にお願いしましょう。

たんに間違った自己イメージをもっていたために、失敗感に襲われていただけでした。自分の間違った想いを正すことで、同じことを目にしても、違った見え方となることでしょう。

ハイヤーセルフがあなたの完全さのなかから、正しいものの見方と、それが導く正しい感情を教えてくれるでしょう。

間違った思いや感情をを握りしめるのはやめて(幸い、この出来事が間違った想いをあぶりだしてくれました)、ハイヤーセルフに自分の本当の想いを取り戻してもらいましょう。

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング