furukawaさんのブログ

近ごろのお出かけもろもろ

○曜日

友人に誘われ、シータヒーリングの創始者ヴァイアナ・スタイバルさんの講演会へ。

現在、量子物理学では「観察者がある期待をもって対象を観察すると、その対象は観察者の期待どおりの結果をもたらす」という研究結果があります。また、現実を創造できる場所は(わたしとあなたなどの)二元論を越えた場所だとも言っています。

この地上で何かを現実化するために目標設定をしたりアファーメーションを唱えたりしますが、もうちょっと高い次元(瞑想などのトランス)で行えば、それが簡単になるということです。そこは神が創造を行う領域とイコールなのですよね。

シータヒーリングは、「創造の行われる領域まで意識を上昇させて、そこで期待をもって病なり問題の変化を見届ける」というものです。これは、じつに量子物理学の理にかなっているな〜と感心。スピリチュアルと科学は急速に融合しつつあるのですね。

この考えはわたしもセッションの中や瞑想を教える時にすでに使っていたメソッドですが、改めて納得し確信を持つことができました。

△曜日

徳永二男さんのヴァイオリンコンサートのチケットをいただきました。さて、誰をお誘いしようかな〜と考えていたところ、音楽家、あるいは音楽をたしなむ友人の顔が数人浮かんだものの、それはさておき。どうしてもLちゃんを誘いたい。そこで、お声をかけてみました。すると、「徳永さん!N響のコンマスだった方!」とすごくレスポンスがいいのです。そこで、わたしも「おお!徳永二男さんとは日本を代表するヴァイオリニストだったのだ!」と初めて気づいたしだいです。(^^ゞ

そのうえ、Lちゃんは幼少の頃から鈴木メソッドでヴァイオリンの英才教育を受けていたことが発覚。長いおつきあいなのに、知らなんだ!ということで、もっともふさわしい人選だったわけです。

徳永さんは気さくな方で、トークを交えて世界の名器の弾きくらべをしてくださったりとサービス心旺盛。演奏も、軽々とまるでヴァイオリンと一体化しているようでした。

朝から、「アンコールは、きっとタイスの瞑想曲にちがいない!」という強い確信があったのですが、ビンゴ!!もう、うっとりでした♪

お茶の間シネマトーク ♥があったかくなる「バレンタインデー」

日本でバレンタインデーというとチョコレート。そして女性から男性への愛の告白というイメージです。欧米では日頃の愛情をさらに表現する特別な一日。男性から奥さんや彼女にプレゼントをしたり、ディナーに連れだしたり、男女で愛情を確かめあうというハートがあたたかくなる一日なのです。

そんな一日のいろいろを描いたのが「バレンタインデー」。超ロマンチックムービーと思いきや・・・ところがどっこいです。まず、バレンタインの朝いちに彼女にプロポースする花屋のアシュトン・カッチャー。彼を中心に、その友人、スタッフ、お客、店を取材するリポーターなど15人の登場人物それぞれの愛の行方を描きます。みんな自分なりに愛する人への気持ちを胸に、この日をワクワクと迎えるのですが・・・。

朝プロポーズした花屋のアシュトンは昼にはあっさり彼女に逃げられ。店では二つのブーケを注文する客によって親友が二股をかけられていることに気づいてしまい、もちろん親友にあわてて報告。ある人は片思いだったり、ある人は邪魔が入ったり・・・・ステキになるはずの一日はどんどん怪しい様相を呈し、絡まりまくる人間関係。あら、大変!

「ああ、こんな話、どっかで耳にしたな〜」「こういう人、知ってるよ〜」と自身が目にした耳にしたことがある恋愛話が繰り出されます。

バレンタインの一日が終わる頃には寂しい男と女がため息ついて・・・。思ったようには運ばなかったけれど、でも結局は背伸びしないでいちばん自分らしい結末へと導かれてゆくところに胸をなでおりします(よかった♪)。

監督は、あの「プリティウーマン」のゲイリー・マーシャル。もちろんジュリア・ロバーツも登場。なんと、今回は軍人さん役。彼女が車でロスのロデオドライブを通り過ぎるとき、「昔一回、ここで買い物をしたことがあるわ」とつぶやきます。そう、お金持ちのギアさまに手をひかれてお洋服を買いまくった「プリティウーマン」のジュリア・ロバーツ。有名な一場面でした♪

涙壷度:★☆☆☆☆ (最後の最後、ジュリア・ロバーツが十数時間かけて、たった一晩だけ会いに行った相手に涙がボロリ。そうだったんだ・・・。)

気づきの日記「カップル泥仕合に終止符を!」

最近ふえている恋愛&パートナーシップのカウンセリング。お一人の場合とカップルの場合があります。

お二人だと、ともすれば、ここぞとばかりに日頃のうらみつらみの応酬になりかねません(ここはリングじゃないよ〜ん!)。お互いの言い分に耳を傾けると、日頃どのようなパターンで、何が繰り広げられているのかがたちまち浮き彫りになります。日々のバトルとジレンマの様子が、第三者からは手に取るようにわかるのです。

どんなカップルにおいてもそうですが、「自分のペースを侵害されたくない」、だから「自分はこのままでよい」、じゃあ「ふつ〜じゃない相手が変わるべきだ」という考え。誰だって、自分は正しくて、自分の感じていることがホントだと思っています。しかし結局のところ、自分も正しいけど相手も正しい・・・これが真実です。誰にとっても自分の真実があり、それは自分にとってまさにホントなのですから。

そもそも、まったく違う環境、教育、体験を通して育った二人が、同じように感じるはずもなし。パートナーシップシップは、「お互いまったく違う」「その違いを探求しよう」ぐらいの気持ちがないと、いったいどちらが支配するのかという権力争いにおちいります。

「縁を感じた」というだけで、相手は自分の理想の人だという幻想をもち、すべてが自分の思いどおりにいってあたりまえと信じ込みます。勝手に相手を完璧にしたてあげ、少しでもそこからはみだそうものなら「こんなはずではない!」と目くじらをたて、さっそく相手を矯正しようとします。でも、さっきも書いたように、相手と自分はまるで違うのです。それに「好みの人」はいても「理想の人」なんて幻想に等しいでしょう。それを押しつけられても、押しつけられた当人は困ってしまいます。うまくやるには、関係性の中で必ず努力や思いやり、また妥協も必要なのです。人間関係、とくにパートナーシップは最初からあるものではなく、しっかり手を入れて大切に育ててあげるもののようです。

また、関係性の中で相手と争うことを怖れるあまり相手の言いなりになり続けると、今度は相手に対するうらみ&つらみが鬱積しはじめます。やがて「自分の気持ちにウソをついている」ツケがまわってきます。パートナーシップどころか相手に対する怒りとなり、それはあきらめに変わり、また自分に対するあきらめとなり、人生に対するもあきらめとなり・・・無気力、無感動、無感覚へ。生きていることじたい何の楽しみもなくなってしまいます。

うまくいっているカップルというのは、すべてがはじめから同じに感じているわけではありません。ふたりの根底には「一緒に楽しみたい」という気持ちがあって、戦うぐらいだったらここはゆずろうとか、自分の存在がおびやかされること意外は妥協するという姿勢がみられます。かなり重要なこと意外は、のらくらゆるゆるしているのです。そして、自分の正しさを貫くための「戦い」よりは、ちょっとは妥協しても二人でいる「平和」をめざしているのです。

そうなんですよね。人は全員違うのですから、違ってあたりまえ。ときには、相手の「ぎょえ〜っ!」と思う行動、考え方に遭遇するかもしれません。だからといって、自分の考え、行動が普遍の真理でもないわけです。そういう場合は、お互いどうしたいのかをよくよく確認し合わなければなりません。どちらかが我慢するのではなく、できうる限り二人の希望の中間地点を探り、両方から歩み寄って妥協ポイントを二人でゆずりあう必要があります。怒りをためない上手なパートナーシップは、我をおしとおすわけでもなく、かといって我慢して犠牲者になるでもなく、柔軟になってお互いのここちよい落としどころを探ってゆく地道な作業です。二人ともさっさと理想は手放して、素直に両方から歩み寄ってゆくことなのですね。

そうそう!この妥協点を見つけることと、もうひとつとても重要なポイントがありました!
(その2へ続く)

おみあし休足グッズ

ギフトショップをのぞいていて、「あ、これ気がきいてるな」と思ってもなかなか自分のためには購入しなかったりします。

いただきましたよ〜。そんな「ちょっといいな」と思う便利グッズ!おみあし用のケアセットです。

シャボンの泡立てネットでしょ〜。それに、ネイルケア用のブラシ、カカト角質用のやすりに、ふくらはぎの疲れをとるころころローラー、そして足指のセパレーション・・・と充実しています。色も形も可愛いし。

約74cmたらずの積み重ねが地球の裏側までも運んでくれる、わたしのおみあし!(74cmは、わたしの一歩。もちろん、すべては歩いていませんが・・・!)。そして、新しい体験をたくさんプレゼントしてくれるおみあし!

なのに、他のパーツのお手入れ具合にくらべたら、注目度低すぎでした。たまには、たっぷりと「休足」タイムをとって可愛がってあげなくちゃね。

妙なお誕生ナイト

友人のAちゃんは九月生まれです。でも、なぜか一緒にお祝いするのはきまって二月。

さて、去年は洋ものだったので、今年は和食屋さん。カウンターに陣取り、飲めない二人は甘〜い梅酒で乾杯。お料理もタケノコやウドなど、もうすっかり春です。

二人でああだこうだと話しに盛り上がっていると、カウンターの向こうから板さんが知らぬまに会話に参加。それはまるで三人連れのよう。たとえばお造りをいただきながら、「ねえ、好きなもの最初に食べる?後までとっとく?」とAちゃんに尋ねると、「わたしの場合は、二つあったらひとつは最初のほうで、もうひとつはやっぱり最後ですよね」と板さん。その後も、二人で話している会話にもれなく参加。

ふつう、こんな大人な和食屋さんの板さんって寡黙で、お客さんの話題が耳にはいってもバーテンさんのように聞いて聞かぬふりなんじゃあ?

そのうち姿が見えなくなったと思ったら、Aちゃんが「ねえ、あの人、どなってるよ。のれんの向こうで、さっきからず〜っと」と。そう、Aちゃんは声楽家なので耳に入る音には敏感。とくに心地よくない音には地獄耳級絶対音感(?)をお持ち。ホントだ、のれんの後ろで若人の板さんをしかりとばして、いえ、なじりとばしています。それも、ねちねち延々と。しかもドスのきいたお言葉遣い!もしかして、ヤッチャン?

こちらが緊張をしいられるものですよ、こういう場面は。もうすべてお料理が出たあとだからいいものの、たとえウチワのことでもお客さんに聞こえちゃまずいでしょ〜。怒りのたれ流しは公害に近いものがあります。

そんなこんなで、ガールズトークには集中できないし、ハラハラドキドキさせられるし・・・。ついに、お茶も飲めないほどの満腹をかかえてカフェへ移動。ようやく堰をきったようないつものわたしたちの爆談(Aちゃんの造語です)を心おきなく楽しむことができました。

わたしは彼女にだけは、毒舌満載で日頃の文句をブリブリ言うことができるのです。彼女は顔を真っ赤にしてのけぞりながらミット役をしてくれましたわ(ゴメンね、お誕生会だったね)。

というわけで、おいしかったけど妙な和食お誕生会ナイトなのでした。

PS あやうし、板さんがキレる直前のあんこう鍋。→
とっても美味でした〜♪が、あのお店にふたたび行くかはビミョ〜。板さんにセラピーを受けてもらってからにしよ〜か。

頭痛に悪寒、さあどうする?

気温の低い日が続きました。底冷えに雨に雪と、お天気も悪かったし。

つい油断したらいつのまにか身体が冷えきって、頭痛に悪寒に関節痛。

あわててホカロンを装着し、お白湯すすり、お部屋の中でもダウンなんて着ちゃって・・・それでもまだ寒い。もともと低体温なので一回冷えるとなかなかあったまりません。これでダメならと、ショウガをたっぷりすりおろしてハチミツを入れたジンジャーティー。夜ゴハンもショウガとネギのあつあつお鍋。そして、トドメは熱めの風呂と朝鮮人参ドリングのお湯割り。そして、なんといっても早寝でしょう。

フルコースで万全を期したものの、まったく寝られない。バタバタ寝返りを打ちまくり、なんたって暑いのです。暑すぎ!!手足は完全におふとんの外。

朝になったら頭痛、その他はどこへやら・・・でも、なんだか疲れたわ〜。とっても。

なにごとも過ぎたるは及ばざるがごとし。中庸が大切です。スペシャルメニューを二つぐらいでよかったかも。気合い入り過ぎ(^^;でした。

来週から暖かくなるらしいです。こんな底冷えの冬もあと少しの期間限定。楽しんでおきましょう。と、いいつつも春が待ち遠しくて、スイートピーを飾りました。

トリちゃんが主役!?

数週間前から予定をあわせて、友人4人で鎌倉へと「梅見」に出かけました。

まずは、地元に詳しいAちゃんがチョイスしてくれたイタリア家庭料理「L'ENTRATA(エントラータ)」にてシェフオススメの「まるごと一羽蒸し鶏」でランチ。これはトリちゃん一羽をシシリアの塩のみでダッチオーヴンを使い2時間ちかく調理したもの(ハーブもなしです)。

これを予約したことから、梅見当日までわたしたち4人のメールのやりとりは、もっぱらトリに関する情報のみ。予約したトリちゃんがジャストミートで蒸し上がる時間に集まらねば!と、いつのまにやら何の集まりか忘れそうになりましたよ。そうそう、梅です梅!

蒸し上がったトリちゃんは、しごく色白でつややか。お塩だけなのにとっても香りがよくおいしいです。シェフも「これは実力以上。トリがいい仕事をした」と言っていました(笑)。

「トリから出たスープがおいしいそう!」と歓声をあげると、「ストローお持ちしましょうか?」と・・・(ふつう、スプーンじゃないの?)。でも、四人でお皿の四隅からストローでちゅ〜ちゅ〜している図を思い浮かべると何の違和感もないので、スプーンはもらったけどストローでよかったかも。

こんなトリ一羽を平らげてますが、じつはその前に前菜、ピザ、パスタ二種もいただいてる、すごい実力のわたしたち。

さて、これだけ食べたら本気で歩かなくちゃ。しかし、本降り雨ざ〜ざ〜。梅見に来たといいつつ、トリにうつつをぬかしていたため、梅の神さまがおヘソを曲げたのでしょうか?でも、これだけ食べたらバスに乗ろう!なんて言っていられません。

それでも、宝戒寺ではこの日にしかお目にかかれない「釈迦の涅槃図」を観ることができました(旧暦2/15は釈迦入滅の日でしたね)。花のお寺の瑞泉寺は、まだ梅にはちょっと早かったです。

まあ、二つお寺を観られれば上々!ふたたび小町通りに舞い戻り、ウィンドーショッピング(この通りだけでも、結構楽しめます)とお茶タイムを楽しみました。

後日それぞれがこの日を思い出すとき、やっぱり色白のトリちゃんがまっさきに浮かぶのでしょうか?楽しかったです♪

気づきの日記 「ガマンのはて・・・は伝わらな〜い」その2

なぜ、ためた怒りは伝わらないのか?

だって、当の本人は怒りを熟成させながら「今日の今日までゆずってきた」と思っているかもしれませんが、相手にしたら途中の経過がスッポリ抜けているのです。ずっと平和だったのに、何を急に烈火のごとく爆発してるのか・・・さっぱり??怒ってるって?そりゃ、青天の霹靂!ってなわけになるのです。「ガマンのはて」は、まったく伝わらないコニュニケーションの代表選手なわけです、

相手の立場だと、ガマンしてニコニコしながら怒りをためこまれるよりは、いやなときには素直にいやだとその場で言ってほしかった、ということです。まあ、言えない人には、「感情を伝えたときにうまくゆかなかった苦い過去」があるのですが。ためこんだすえの爆発は、そこにたくさんの恨みつらみがくっついているので攻撃的で凶器のような言葉になります。

そのときどき感情は小出しにするのがよいようです。感情を伝えるやり方は、むずかしくありません。ただポツリと静かに感想をつぶやけばいいだけです。そう、何か違和感を感じたときには、かる〜く、さわやかに、悪びれることなく、「それって好きじゃないな」「え?それはいやかも」と軽くコメント。心の痛みに変わるまえにね。

それができないのは、どうやら本人に問題あり。このガマンするクセ、じつは相手をおもいやっているようでいて、自分自身を卑下している態度なのです。自分が感じていることを自分で無視しているという、自分を尊重していない失礼な態度。自分よりも人を高いところにおいてしまうことにより、その結果、自ら自分が軽んじられるようにしむけてしまうのです。人は、その人が自分を扱っているやり方にならってその人を扱うようになります。自分で自分を大切にしないと、誰も大切にはしてくれません。

ちいさいときに誰も自分自身の扱い方、そして感情の扱い方を教えてくれませんでした。だからとても不器用になってしまうのです。「素直な感情の表現」はいっけん危険に思えますが、感情はためこみさえしなければ凶器にはならないのですね。自分のためにも、人のためにも、くれぐれもためこまずに小出しにいたしましょう。

悪びれずに、かる〜く、さわやかに、正直に・・・感じたときに感じたままを!自分の気持ちに耳を傾け、自分を尊重し、自分を大切にするコニュニケーションを心がけてみてくださいね。きっと、まわりもあなたにやさしくなるのが感じられることでしょう。(^_^)

気づきの日記「ガマンのはて・・・は伝わらな〜い (^。^;) 」

人との関係の中で、あなたはガマンしてしまうほうですか?たとえば、ネガティブな感情を隠したり、いつも人に譲ってしまったり・・・。

ガマンの理由はいろいろあると思います。たとえば相手のことが好きだから、相手の気持ちを優先することに甘んじてしまう場合。あるいは相手との力関係で譲るのがあたりまえになってしまっている場合。または相手にあわせることが無意識の習慣になっている場合などもあります。

「人との関係を平和に保ちたい」「嫌われたくない」と思えば思うほど、このガマンは習慣になりがちです。また、「人間関係は常に良好でなければならない」「波風がたつのはいけないことだ」という思い込みも正直なコニュニケーションをさまたげます。「人間関係、一回こじれたらおしまいだ」という危機感から相手にあわせてしまう人もいます。

腑に落ちない、納得していない、いやだと思いながらも、じっとガマン。でも、ガマンは百害あって一利なし。ガマンするのとナットクしているのとは決定的に違うので、ガマンしても腹の虫がおさまることはありません。納得のいかなさをを隠しもったまま、相手への恨みつらみが徐々に肥大化してゆきます。

同じ相手とは、たいてい同じシチュエーションが繰り返されるものです。そうすると、小さなイライラが重なって、やがておさえがたい怒りとなり、遅かれ早かれバクハツします。つまりキレる、ということですね。ここまでガマンを重ねてきた痛みが噴出。一気に感情が攻撃的な言葉となって、態度となって、相手になげつけられます。

そこで、「ああ、そんなにマンしていたんだね。気づかずにコメン」といたわって欲しいわけです。

しか〜し、しかし、ガマンにガマンを重ねた怒りは、まったくもって「伝わらない」のです。ぜんぜん伝わらない。怒りをぶつけられた相手は目がテン。急転直下の怒りに「何に腹を立てているのかさっぱりわからん?」とチンプンカンプン。

こう言われると、怒っているほうはもっと腹がたちます。「わたしが今日の今日までガマンしてきたのに、その言い方はなによ!わからない?ふざけるな!わたしはずっとガマンしてきたのよ」と。

でもね〜、これ、ホントにわからないのですよ〜。

どうすればいいの??
(その2へ続く)

PS もうすぐバレンタイン!素直なコニュンミケーションでよい関係を育てましょうね。
(♡が可愛い一番のりのバレンタインチョコ、おいしそう!ありがとうございます♪)

シュタイナーさんのお茶って?

ていねいに刺繍のほどこされた巾着袋・・・。さて、中身はいったい何でしょうか?

これは、いただきもののMakaibari という紅茶。インド、ダージリン地方でとれる、まさにダージリンティーです。

この紅茶がおもしろいのは、あのシュタイナー教育で知られるルドルフ・シュタイナーが提唱した究極のオーガニック、バイオダイナミック農法で生産されていること。あら〜、シュタイナーって農業まで手をそめていたなんて知らなんだ!まあ、ヒトの研究も農作物の研究も生物としては同じなのでしょうが、天体の動きを考慮したうえでスピリチュアルに育てられた紅茶ってどんなお味なのでしょうか?

お茶の新芽を摘んだFirst Flash(春摘み)は耳にしますが、これはAutumnal Flash(秋摘み)。お茶の効用も、春摘みは元気をくれる日中のお茶だけど、これは "wash away the day's fatigue" とあるように、一日の疲れを癒してくれる夜用のお茶のようです。

濃いめが好きなので、たっぷり時間をかけていれてみました。それでも、こんな淡い色。茶葉が大きいせいですね。でも、香りはしっかり出ています。

このお茶の味、なんか知ってる感じ。静かでやさしくって・・・、そう、日本のほうじ茶みたい。あのマスカットフレーバーははるか遠くで香っている感じで、やわらかくってとても飲みやすい、まさに癒し系の味。

日本で手に入るものとは違うルートで入手された上物のお茶。この完璧に宇宙とハーモナイズしているお茶、ナイトキャップがわりになりそうです。Rさん、貴重なおすそわけをありがとうございました。

PS マカイバリのお茶は、あのハーゲンダッツ紅茶味にも使われているんですって!