furukawaさんのブログ

最近のお気に入り♡

古川貴子のブログ、ヒプノセラピー/カウンセリング

ポイントをためはじめてから、スタバ率が高くなっているこのごろです。

徒歩圏内にある8つのスタバを、朝イチ、仕事のあいま、仕事のあと、と時間と曜日で使いわけています。

昨日は仕事終わりに運動もかねて、徒歩15分ほどのいちばん遠いスタバまで。

しかし ・・・ ウォーキングの成果をことごとく台無しにするこのチョイス!(汗)

このシーズンだとジンジャーブレッドラテがお好みですが、今年はこのキャンディーピスタチオのフラペチーノにハマってます。ピスタチオとサクサクのラズベリークッキーがおいし〜♡ けど・・・なんせサイズが大きいのですよ、これ。

お腹ひえひえですが、最近はおトシごろのせいで若干クールダウンが必要なので、ぜんぜんオッケー。(^^;;

二杯分のコーヒー豆(スマトラだ!)、お土産にいただきました♪

 

 

銀杏並木もそろそろ店じまい

古川貴子のブログ、ヒプノセラピー/カウンセリング

この秋は、真冬と小春日和が交互にやってくるような日々でした。しかし、そろそろ本格的に寒くなりそう。

外苑の銀杏並木の色づきを見たことがない、というお友だちをご案内して神宮へ。

もうだいぶ散っていましたが、それでも連なる並木のシュッと天にむかうようなシルエットは美しいです。

都内にいても、最後の紅葉が楽しめますね。

 

秋の山手散策

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まるで、デートの王道のような一日。

場所は横浜・・・ あの素敵な洋館、山手十番館からスタート。お二階でフレンチをいただき、

食後は港に見える丘公園(あれ?港が見えない丘公園になってる?!)と、山手の外人墓地や洋館あたりをそぞろ歩き、

元町におりてきて、老舗の喜久家さんでひと休み、お土産のラムボールも忘れずに、

そして船で横浜の夜景を眺めながら帰途につく・・・(残念ながら、ベニスではないので家の入口までとはいきませんが)。

ちなみにデートのお相手は女子ですが(笑)、なんだかはしゃいでしまう一日でした♪

なんたって、このあたりにやって来たのは学生のとき以来なのですもの。あの頃は、山手の異国情緒に憧れたものです。今は、みなとみらい線ができてぐっと近くなったのですよね。また来ようっと!

 

 

 

 

 

山手十番館のフレンチ、とってもおいしかった♡ ・・・ メニューは、前菜いろいろ、シナモンの香りの鳴門金時のポタージュ、かさごと海老、タンシチュー(これ、オイシイ☆)、ラ フランスのアイスクリーム、でした。

 

お茶の間シネマトーク「D・ホフマン、老紳士の恋のゆくえ」

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「リチャード・カーティス脚本」にひかれて見た一本、「素敵なウソの恋まじまい」。

リチャード・カーティスさんは、わたしの好きな作品のひとつである「ラブ アクチュアリー」の監督さん。最近、「アバウト・タイム 〜愛おしい時間について~ 」を最後に監督業を引退されたのです。彼の作品は、ユーモアがあって、どこか哀しくもあり、人生への愛が伝わってくるような何度も観たくなる作品。今回はシナリオだけですが、でもしっかりカーティスさん色でこころが温まります。

バルコニーをお花でいっぱいにしているその老紳士、ホッピーさん(ダスティン・ホフマン)はこころ優しい、けどちょっとばかり不器用。彼が恋したのは、アパートの階下に住む未亡人の老婦人、シルバーさん(ジュディ・デンチ)。

ホッピーさんは奥手すぎて、恋のチャンスがやってきてもぜんぜんものにできないのです(それがまた、なんともカワイイのですが)。そして、愛するシルバーさんがカメを溺愛しているのを見て、カメになりたいとさえ思います。

ある日、シルバーさんはカメのアルフィーがなかなか大きくならないことを不憫に思っていると、ホッピーさんに打ち明けます。ホッピーさんは彼女を喜ばせれば好きになってくれるかも!という魂胆で、カメが大きくなる呪文を伝授するのです。もちろん、そんな呪文では大きくならないので、すでに次なる作戦をねっていました。それは、2日に一度、シルバーさんのベランダにいるカメを少しづつ大きいサイズのカメにすりかえてゆくということ。彼女の喜ぶ顔を見て、さらに愛情もゲットしおう考えたわけです。

その作戦のため、彼は少しづつ大きさの違うカメを100匹手に入れて、共同生活をはじめるのです。そのホッピーさんとカメたちの様子が、ひとつの重大ミッションを目指すチームのようでおかしいのです(と、いってもホッピーさんが一方的にカメたちに話しかけているだけですが)。しかし、そのうち、強力な恋のライバルが出現し・・・、作戦も難航しはじめ・・・。

でも彼のひとこと「愛されなくったって、愛する気持ちはとめられない・・・」。

いくつになろうとも、いったん恋をしたら有頂天になったり落ち込んだり、一生懸命。ほっこりしたいときにオススメの一本です♡ キュートなふたりの様子は、まるで5才の男の子と女の子のようです


ダスティン・ホフマンもすっかり、老紳士がお似合いのおとしとなったのですね。

でも、ショーン・コネリーだって、リチャード・ギアだって、ロバート・デ・ニーロだって、みんなシニアになってからのほうがずっとずっとよい感じでした。余計ないろいろ(・・・ってなんだ?)がすっかりおちて、そのままでいいおダシが出ている・・・ そんな感じ。このジュディ・デンチも、花柄のサンドレスが似合うとってもとってもキュートなおばあちゃんです♡

 

 

新しいページ「経営者・エグゼクティブのためのセラピー」

古川貴子のブログ、ヒプノセラピー/カウンセリング

「オフィス・るん」サイトのセラピーメニューに、新しいページができました。(^o^)丿

経営者・エグゼクティブのためのセラピー ☆ です。

文字どおり、経営者やエグゼクティブの方を対象としたセラピーやカウンセリングです。それとともに、従業員向けのメンタルヘルスのサポート、セミナー、ワークショップ、研修、講演会をご案内しています。

「すべてに時あり」といいますが、じつは三年ほどまえに、経営者の方むけのこころのケアと会社むけのこころのサポートをはじめたい気持ちがあり、経営者の方や人事の方に会ってお話しをすることを続けていたのですが・・・。

そのとき感じたことは、「まだぜんぜん時が満ちていないな〜」という感じだったのです。

どういうことか、というと ・・・ 経営者の方にとって興味があるのは、あくまでも数字であり、つまりダイレクトに生産性をあげる方法ならいいけれど、つかみどころのない「こころ」についてのことなどどうでもいい、そこにはお金は使えない、という感じだったのです。

「こころ」こそが、目にするすべての結果の原因であるというのに! そこまで理解が及んでいる経営者の方にはお目にかかれませんでした。

あまりの理解のなさに、「数字を追いかける世界と、形のないこころを大切にすることとは、あまりにかけ離れすぎている。会社にこころのセラピーを持ちこむには、ぜんぜん機が熟していないな〜。とりあえず、今はやっていることに集中しよう」と、いつもの自分の仕事に戻ったのでした。

すると、最近こんなお話しをいただきました。

会社に出入りする税理士さんたちが、そこの経営者さんと懇意になるに従って、いろいろな悩みを打ち明けられるようなるのだそうです。そこで、悩みを抱えている経営者さんたちにビジネスコーチを紹介するシステムをつくったそうなのですが、しだいに経営者さんたちからこんな声があがったそうな。「コーチングでは解決にならない。もっと深いこころのセラピーのようなものが必要だ」と。 ・・・ そうです!そうだす! やっとわかってくれたのね!(^o^)

そんな流れで、経営者・エグゼクティブの方のセラピーをする、というお話しをいただいたわけです。

「コーチングやコンサルティングじゃ限界があるのですよ。根本のプログラミングであるこころを変えなくちゃダメですよ。それもいちばんトップの!」というのが以前からの私の考えだったので、まさに三年前の計画の再来というわけです。

自分でゴリゴリものごとを進めようとしているときには、なかなか動かないけれど、自分がひっこんで今やるべきことをしていると、ものごとは勝手に動いてくれるものです。いつだって、「ああだ、こうだと主張するワタシ、別名エゴ」がいなければいないほどヨイのです(笑)。

サイトの新ページを開設するまでにそうそう日にちがなかったのですが、どうやらやりたいことはすでに三年前に固まっていたようで、すんなりとページができあがりました。

厚生労働省のストレスチェックも義務化されましたが、それでも職場のウツや休職者、さらに過労死の問題は深刻になるばかりです。そんなことになるまえに、こころの筋肉を鍛えましょう!(というか、ただ正しい知覚.反応、判断をさまたげて苦しみを生み出す、こころのゴミをきれいにするだけですが・・・)

そんなこんなで、時が満ちた結果、開設にいたったページです。どうぞよろしくお願い致します。m(_ _)m

 

 

気づきの日記「頑張っているときに、大切なことって?」

演技の道で頑張っている ○○さんへ ・・・
そして、頑張ってもむくわれないように感じているあなたへ ・・・

早くから演じる道に入られて、ここまでの道のりはよいときもあったかと思えば苦しみのときもあり、本当に山と谷の連続でしたね。ふつうの世界では考えられないような、ダメだしや厳しい批判の数々を体験されたことでしょう。

それでも、たった今、○○さんがその道にいらっしゃるということこそ、何も間違ってはいないということなのです。なぜなら、その道にいらっしゃるからです。私たちはいっときも、間違ったところにいることはできないのです。

演じるたびに「それじゃダメだ」と言われつづけて、「もっと違う自分になりたい! なろう! 」と努力されてきたということですが ・・・ はたして、そのダメだしされつづけてきた自分とは、「ほんとうの自分」だったのでしょうか?

すでにほんとうの自分ではなかったからこそ、ダメだしをされたのではないでしょうか? もしそうであるなら、○○さんが傷ついていらっしゃるような自己否定をされたわけではないということになります。自分でも気づかないうちにニセモノになっていて、ただニセモノを見破られただけだったのです。

私たちは例外なくみんな、「ほんとうの自分」ととっくにサヨナラしています。

幼い頃の親との関係で、あるいは幼稚園などに通いはじめて社会化される頃、他の人との関係にさらされるなかで、摩擦や葛藤を体験します。個人として存在するうえで避けられないことなのです。

そのような体験から、全体を把握する目をもたないこどもは、「自分さえ変わればコトは丸くおさまる」とばかりに、容易に本来の自分を封印して、その家庭や環境で生きのびやすいニセモノの自分を表現しはじめます。つまり、愛と安全をえるために、やすやすと自分の魂を売って違うものになってしまうのです。

例えば母親が短気なため、あるがままの自分で存在していると攻撃されてしまうと感じたら、「長いものには巻かれろ!」方式で、聞き分けのよい従順なヨイ子を装うことで安全を確保します。しかし、本来のその子は奔放で独創的で生き生きと自由な、誰にもない自分独自の贈りものをもって生まれたというのに・・・。こどもは場の空気を読むことができないがために、どこででも自分の贈りものであるその個性を全開にしてしまい、それによって厳しく怒られたり、体罰されたりすることが起こってしまい、その子は二度とほんとうの自分を表現しないとこころに決めてしまうのです。・・・ が、そんなことを決めたことすら思いだされることはありません(セラピー以外では)。

だから、○○さんに必要なのは、監督や指導者の好みにあわせて自分を変えようとすることよりも、本来の自分、自分自身のハートとしっかりとつながって、自分がどんな贈りものをもって生まれてきているのかを思いだすことの方が大切なのです。

○○さんの住む演じる世界では、どうしても自分を「特別」にすること、「スペシャルに磨きあげること」が成功につながると思いこまれています。

しかしこの世界というものは、じつはひとつの全体として存在し機能しています。全体で調和がとれているのです。そのなかで、ひとり「特別」になろうとすることは、全体性の完全な流れから自分だけを切り離してしまうことであり、本来あるべき完全な状態とは別のものにしてしまうのです。つまり、調和と完全さが失われてしまいます。

この調和を保っている流れのなかで「わたしこそがスペシャルになります」といってしまうとき、「わたし」以外はすべてスペシャルではないのだ! と宣言したことになり、「わたし」以外を敵にまわしてしまいます。その結果、誰からも切り離されて孤軍奮闘するということになってしまうのです。

だから、「人より抜きん出よう」として人に戦いを挑むよりも、もとからそこにある「ほんとうの自分」に戻ることで、全体性のなかでの自分のオリジナリティを手にすることができます。すでにそこにある自分の宝ものを発見して、それを完璧な方法で「宇宙に役立ててもらう」ことができるのです。

今の○○さんのお話しをうかがっていると、「監督や指導者の眼鏡にかなう自分にならなければ・・・」「多くの人から望まれる自分にならなければ・・・」という理由から、あらゆることの判断基準が外側の「ひとの目」や「ひとの評価」におかれている気がします。しかしそうなってしまうと、74億人が望む74億とおりの自分バージョンが必要になります(スーパーカメレオンになってもそれは叶わないでしょう)。

そもそもなぜ人の目が気になるのか ・・・ 、それは○○さんも気づかれていたように「愛がほしい」からです。誰でも、「愛がほしい」のです。「愛がほしい(褒めてほしい、認めてほしい、尊敬してほしい、大切にしてほしい、必要としてほしい・・・)」からこそ、みんな必死で頑張ります。これが足りている人はめったにいません。だから、愛されることがすべての行動の動機につながっています。

そして、 ○○さんが今、演技の道でほんとうに手にしたいと思っているのは、じつはこの「愛」 =「注目されること」なのかもしれません。だから、この道で否定されることは、「愛される価値がない」という言葉に聞こえるのかもしれません。

しかしいくら頑張っても、「愛」は自分の外では見つけられないし、手にすることもできないのです。だから、みんな永遠に「愛」を求めて放浪することになります。外に求めれば求めるほど、それを手にするために自分を犠牲にすることになります。

犠牲とはガマンであり、「愛」をえるために犠牲をすると、「愛」どころではなく怒りや憎しみを感じるようになります。

「愛」を欲しがる、「愛」が足りていない、という感覚は、じつは思い違い・錯覚です。本当に足りていないのではなくって、自分のなかにある「愛」とのつながりが切れてしまっているのです。そのために、外に探しに行かなくては ・・・ と勘違いしてしまったのです。

なので、「愛」は外側のどこにも見つけることができない、ということを理解して、自分の内側に戻ってそれを発見したとき、見える世界が変わりはじめます。また体験する出来事も変わってくるのです。

なぜなら、いつだって私たちが体験するのは、自分が思ってるとおりのことだからです。内側の宝ものを発見することで、外側にもその同じ宝ものが映しだされるようになるのです。

つながりが切れていた「ほんとうの自分」と再びつながり直すこと、そして「愛が足りていないんだ」という思い違いを正してあげること ・・・ それが、自分本来の生きるべき道筋に自分をのせてあげるうえで大切なことなのかもしれませんね♡

 

 

「気づきの日記」バックナンバーはこちら: 古川 貴子 ヒプノセラピーカウンセリング

 

新しいサイトページ、作成中♪

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「るん」のウェブサイトも、オープンしてから、なんと17年になります。

サイト作成を担当してくれている「るん」スタッフのYちゃんいわく、「17歳か〜。もうすぐ成人してお酒飲めるようになっちゃうね」なんて笑っておりました。

じつは今、新たに1ぺージ作成するべく、原稿を書いたり直したりしながら、Yちゃんに作成してもらっています。他のページとは、ちょっとデザインやフォント、雰囲気を変えて作ってもらっているのです。どうなるかな〜?

すごい勢いで原稿用紙20枚分ぐらいのドラフトを一気に書いたはいいけれど、次の日になって読んだら支離滅裂で、また書き直し、翌日に読んだら、また「なんか違うな〜・・・」の繰り返し(もう、読み直すのやめよ!)。

そんなこんなで、クライエントさんとのセッション時間以外はパソコンに貼りつきっぱなしでしたが、きょうは近所で息ぬきのお茶をしてきました。ブドウ糖を補給したら、また作業に戻りましょ!

@SAN TROPEZ、恵比寿アトレ西館
濃厚な NYチーズケーキ、美味でした♪

 

大手町、森に囲まれたカフェ

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ひさしぶりにお目にかかるお友だちとお茶♡

ゆっくりお話ししたいので銀座のサロンのようなお店を予約したけれど、直前になって「なんかちがうな〜」・・・。そこでひらめいたのが、ここ!

ビジネスビルが立ち並ぶ大手町にあるにもかかわらず、森のなかのような「ザ・カフェ by アマン」。その昔、この近くで働いていたこともあり、なんか懐かしいエリアです。

こちらのカフェは天上まで窓があって、たっぷりの緑がながめられるのです。そうそう!こんなカフェがよかったのです。しかし、予約がとりづらいと聞いていたので「どうかな〜?」と思ったら、ナントすんなり。行ってみると、お店は人がまばらでとても静かでした。ラッキ〜!

入口がちょっとわかりづらいのですが、この人力車が目印(笑)。何台かあったけど、本当に使っているのかしらん?(ホテルアマンの東京駅への送迎だったりして?!笑)

さて、こちらのカフェにはアフタヌーンティーがあるようなので、初アフタヌーンティーだというお友だちとともにいただいてみることに。 ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

シックな和風のディスプレイ。

サンドイッチなどのセイボリーはなく、フルサイズのクレープが一皿づつつきます。お抹茶ムースと、干し柿&リコッタチーズのクレープをシェアしていただきました。この季節、柿とチーズのコラボメニューって何度かいただきましたが、じつは柿とチーズはとっても相性がいいのですね。このクレープだけでも大満足。

アフタヌーンティータワーは、柿とジャスミンティーのジュレとか、栗のマカロン、林檎のタルト・・・ と、秋らしいスウィーツがずらり。楽勝でした♪

たっぷりスウィーツに癒されて、お話しももりあがり、帰り際にはふたりとも目がトロン。すっかりいい気持ちで家路についたのでした。

ここはテラス席もあり、気持ちがよさそう。今度はランチもしてみたいお店でした。

 

 

気づきの日記「“さらに” “もっと” はいらない」

私の「気づきの日記」は、パソコンに向かっておもむろに書きはじめる ・・・ というよりは、何気に書きとめておいたメモからはじまっていることが多いのです。

それはたいていカフェ ナプキン。カフェでおいしいコーヒーとスウィーツをいただいているときに、ふと・・・言葉がやってきて、手元にあるお店の紙ナプキンにその言葉をメモっておきます。あるときは、そのメモが何枚にも及ぶことも。そして、時間ができたときにゆっくり文章にする・・・という感じ。(どこぞの文豪もカフェの紙ナプキンの愛用者で、いつもアイデアをナプキンにメモしておりましたね。・・・てっきりナプキンだと思っていたけど、これってあんがいメモ用紙だったりして? 笑)

ということで、本日の「気づきの日記」もカフェ ナプキン発です(わたしのバッグのなかには、いつもくちゃくちゃ紙ナプキンが数枚たまっていて、そのままゴミ箱に直行ということも・笑)。

今回なにげにやってきた言葉は、私のお友だちへのメッセージでした。彼女は美を生みだすアーティストとして、日々、努力と研鑽を重ねられています。このメッセージは、みなさまのヒントにもなるかと思いアップしてみました。

Dear: 日々、研鑽をつんでいるアーティストのAさん
From: Your team of Angels

「うまくなろう」「素晴らしくなろう」という努力を手放してしまいましょう。

あなたのその努力のエネルギーを別の方向へ向けるてみるのです。それは、あなたの思いのすべてを手放して「自分という個人を静かにする」・・・ という逆の方向です。

あなたが「うまくなろう」「素晴らしくなろう」「もっと・・・」と思えば思うほど、じつはみずからの「ものたりなさ」や「みじめさ」「不足や不満足感」を強くしています。

この世界では、ひとつの色である「素晴らしい」を生みだすことで、同時にその背景となる色「みじめさ」が姿をあらわします。それが存在するためには、反対の色が必要なのです。たとえば、白い小さな点が認識されるためには、その背景はすべて黒で塗りつぶされる必要があります。それが二元性の世界というものです。片方を強く望むことで、あなたの望まない何かを同時に力強く生みだしているのです。

だから、「さらに」「もっと」と上へ向かおうとするればするほと、下に引っぱる強力な力が生みだされます。それは、あるがままの流れや美しさに対して、水をさすことになるのです。小川の澄んだ水が美いからといって、ではもっと美しくしてみよう!と自分の好きな色であるピンクの絵の具を流してしまうようなもの。あなたの意図する努力は、水をさす方向へと向かいます。

何もしなくても、そこには本来の美しさ、完璧さ、調和がすでに存在していて、何もしないことで姿をあらわします。自分個人のエゴの思いをくわえることによって、調和が乱され、問題ばかりが目につくようになるのです。あなたが何もしないことによってのみ、その完璧さを手にすることができます。

すべてがうまくいっているとき ・・・ そのことに気づくことすらありません。何にも「気づいていない」ときこそ、うまくいっている証拠であり、それでよいのです。

「私には親知らずがあったんだ〜」と気づくのは、親知らずがズキズキと痛みはじめたとき。それまでは、親知らずは自分にとって存在が消えていました。また、頭の存在を意識するのも、頭が重いとか、痛いとか、不具合が生じたときだけです。それまでは、肩から下の身体は目に入るけれど、頭はいつも消えています。肩から上は、いつも空間だったのです。

うまくいっているとき、調子がいいとき、その存在は「完全になくなっている」のです。つまり、自分は関知していなくって、自然の力に委ねられている、自分は手だししていなくて、別の力が完全に面倒をみてくれている ・・・ ということです。

自分が手だししていないときこそ、その力が秩序をもって働いて、完全な調和が存在し、うまくいっているのです。

そうですよね。私たちは身体のたった一個の目に見えないほど小さい細胞さえもコントロールできたためしはありません。なのに、どうしてさらに大きな自分の人生をどうにかできると思っちゃったのでしょうか?

ということは、「ああしたい、こうしたい」「もっと」「さらに」「ああだ、こうだ」 ・・・ と、個人の「自分」が人生にちゃちゃを入れなければ入れないほど、よいということです。親知らずの面倒も、頭の面倒も、すべての細胞の面倒もみて、呼吸させて、代謝させて、生きさせてくれている完璧な力が本領を発揮して、すべてを驚くべき秩序をもって調和のうちに保ってくれている、ということ。それを理解するだけでいいのです。

そして、それが「手放すこと」であり、「委ねること」であり、「受け入れること」であり、「自分が退く」ということです。

つまり、こういうことです。「お願いだから、個人のあなたは静かにしていてくださいね、なんなら、いなくなっちゃってもかまいませんよ。とにかく邪魔しないで下さいね。静かに見ていてくれさえすればいいんです。全部ちゃんと面倒みますから。それは、あなたが予想しているよりも素晴らしい出来なのです。けれど、あなたが指の一本、いえ、指先ででもふれようとすると、すでにそこに存在している完璧さにゆがみが生じてしまいます。だから、あなたはヨイ子になって退いて、そこでリラッックスして見ていてくださいね」

「完全に自分がいなくなったら困るでしょ」 って? ・・・ 大丈夫! いつだって、おなかがすいているときには、勝手にスナックに手がのびているし、トイレに行くに必要があるときには、しらぬまにトイレにいるのです。すべては、それと同じこと。必要な行動は、あなたがいなくっても勝手に生じて、なされて、終了しています。必要なことは、必要なときに、なんの努力もなくすべて教えられているのです。

そして、美や調和はすでにそこにあるものであり、わざわざ創りだすものではないので、必要なことはただあなたにどいてもらうことだけなのです。

これは「A子さんの冒険」というタイトルのついた映画やDVDをA子さんが鑑賞中だということ。だからもちろん、鑑賞しているA子さんは何もする必要はありません。ちゃちゃをいれる必要も、頑張ろうとする必要もなく、ただ見ていて、展開を楽しみ、冒険の結末をわくわくすること。心配しなくても大丈夫。いつもそこには調和があるのですから。夕べTVでやっていた「インディ ジョーンズ」だって、そうとうアブナく見えますが、いつだって絶対に大丈夫なのです・笑。

では、どうぞ冒険映画を楽しんでくださいね〜。文句やちゃちゃで水をささなければ、次々と楽しい冒険が展開して、そしてきっとそのエンディングは期待以上でお気に入りのはずです。

いや〜、映画(人生)って本当にいいもんですね〜!(水野さん風に)それでは次回まで、さよなら!さよなら!さよなら!(淀川さん風に) ( ・◡・ )♫

さてと・・・ 、さらなるメッセージ受信のために(笑)、おいしいコーヒーとスウィーツでももとめてお出かけしてきましょっか♪

 

 

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秋の休日@信州

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10月にはいって、雨、雨、雨、そして台風、つかのまの晴れまがあって、また台風の余波・・・。

そんななか、貴重な晴れまにお出かけしてきました。晴れまだからお出かけしたのではなく、以前からたてていた予定が晴れまにジャストミート!(´▽`)  (戻ってきたら、またシトシトと連日の雨です。)

スタートは霧雨でしたが、夕方には黄金色の夕陽がさしてきました。そして翌日、同じ景色にくっきりと北アルプスが姿をあらわし、びっくり! まあ、こんな眺めだったのね・・・。

そして、雲ひとつない晴天。

澄んだおいしい空気だけでも、じゅうぶんにごちそうですが、栗、松茸、むかご、銀杏、お芋、山菜、柿、林檎、葡萄 ・・・ など信州ならではの彩り豊かな秋の味覚を楽しんできました。秋のお菓子もね!

台風でずいぶん散ってしまったそうですが、紅、黄、緑 ・・・ と彩りが美しい紅葉を楽しむことができました。